長文集  11月4週  ○さああまがえるどもは  tu-11-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/04 15:07:29
 さああまがえるどもはよろこんだのなんの
って、チェッコという算術のうまいかえるな
どは、もうすぐ暗算をはじめました。いいつ
けられるわれわれの目方は拾匁(約三十七グ
ラム)、いいつける団長のめかたは百匁、百
匁わる拾匁答十。仕事は九百貫目、九百貫目
かける十、答九千貫目(約三万四千キロ)。
「九千貫だよ。おい。みんな。」
「団長さん。さあこれから晩までに四千五百
貫目、石をひっぱってください。」
「さあ王様の命令です。引っぱってください
。」
 今度は、とのさまがえるは、だんだん色が
さめて、あめ色にすきとおって、そしてブル
ブルふるえてまいりました。
 あまがえるはみんなでとのさまがえるをか
こんで、石のあるところへつれて行きました
。そして一貫目ばかりある石へ、綱をむすび
つけて
「さあ、これを晩までに四千五百運べばいい
のです。」といいながらカイロ団長の肩に綱
のさきを引っかけてやりました。団長もやっ
と覚悟がきまったと見えて、持っていた鉄の
棒を投げすてて、目をちゃんときめて、石を
運んで行く方角を見さだめましたがまだどう
もほんとうに引っぱる気にはなりませんでし
た。そこであまがえるは声をそろえてはやし
てやりました。
「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト
シャ。」
 カイロ団長は、はやしにつりこまれて、五
へんばかり足をテクテクふんばってつなを引
っぱりましたが、石はびくとも動きません。
 とのさまがえるはチクチクあせを流して、
口をあらんかぎりあけて、フウフウといきを
しました。まったくあたりがみんなくらくら
して、茶色に見えてしまったのです。
「ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト、ヨウイト
シャ。」
 とのさまがえるはまた四へんばかり足をふ
んばりましたが、おしまいのときは足がキク
ッと鳴ってくにゃりとまがってしまいまし 
た。あまがえるは思わずどっとわらいだしま
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した。がどういうわけかそれから急にしいん
となってしまいました。それはそれはしいん
としてしまいました。みなさん、このときの
さびしいことといった∵ら私はとても口では
いえません。みなさんはおわかりですか。ド
ッといっしょに人をあざけりわらってそれか
らにわかにしいんとなったときのこのさびし
いことです。
 ところがちょうどそのとき、またもや青ぞ
ら高く、かたつむりのメガホーンの声がひび
きわたりました。
「王様のあたらしいご命令。王様のあたらし
いご命令。すべてあらゆるいきものはみんな
気のいい、かあいそうなものである。けっし
てにくんではならん。以上。」それから声が
またむこうのほうへ行って「王様のあたらし
いご命令。」とひびきわたっております。
 そこであまがえるは、みんな走りよって、
とのさまがえるに水をやったり、まがった足
をなおしてやったり、とんとんせなかをたた
いたりいたしました。
 とのさまがえるはホロホロ悔悟のなみだを
こぼして、
「ああ、みなさん、私がわるかったのです。
私はもうあなたがたの団長でもなんでもあり
ません。私はやっぱりただのかえるです。あ
したから仕立屋をやります。」
 あまがえるは、みんなよろこんで、手をパ
チパチたたきました。
 次の日から、あまがえるはもとのようにゆ
かいにやりはじめました。

(宮沢賢治「カイロ団長」)