1.【1】「ああっ。」
2.
私は、目を
疑いました。
石井君の指は、小さな赤べこをつまんでいました。赤べことは、福島県の
郷土玩具で、「赤いべこ」つまり、赤い体をした、牛のことです。首が
振り子のようにゆらゆらゆれる、とてもユーモラスな
格好の牛です。【2】
私の赤べこは、キーホルダーになっています。それをランドセルに下げていました。
石井君はふざけて
触って遊んでいたのですが、何かの
拍子にはずれてしまったようです。いっしょにいたさやかちゃんが、あわててつけ直してくれようとしました。【3】しかし、赤べこの
背中についていた
輪っかが
折れていて、もうチェーンとつなげることができなくなっていました。
石井君は、いつものいたずらぼうずの顔から、びっくりした顔になって、
3.「ごめん。取れちゃった。」
4.と言いました。
5. 【4】この赤べこは、
私が一年生のとき、福島のおばあちゃんが送ってくれたものです。
私の赤いランドセルにぴったりだったので、一年生のときからずっと、お守り代わりにつけています。
私の大事な大事な
宝物です。
6. 【5】でも、
私は、
石井君がわざと
壊したわけではないと知っていました。
私は、なるべく明るい言い方で、
7.「あ、いいよ。これ、たぶんもう古くなっていたんだ。」
8.と言いました。
石井君は、少しほっとした顔になりましたが、もう一度、
9.「でも、ぼくがひっぱったから……。」
10.と、小さく言いかけました。【6】
私は、
11.「いいの、いいの。気にしない。そういう運命だったんだから。」
12.と、元気に言って、赤べこを手に取りました。
13.
壊れた赤べこに目をやると、赤べこは、のんびりした顔で、手のひらに横たわっています。【7】じっと見ていると、
不思議なことに赤べこが少し
笑ったような気がしました。∵
14.「まあまあ、そんなにしんべ(
心配)しねえで。」
15.そんな牛の言葉まで聞こえた気がして、ふと顔を上げると、
石井君もじっと赤べこを見つめています。
私たちは、顔を見合わせて、思わずくすっと
笑いました。
16. 【8】その日、
私は家に帰ってから、お母さんに、
壊れてしまった赤べこを見せました。お母さんは少し
驚いた顔をしましたが、
事情を聞くとすぐに
納得してくれました。そして、赤べこを見ながら、
17.「
石井君、気にしていないといいね。」
18.と言いました。【9】
私は、牛の声を聞いたんだから
大丈夫、と心の中で思いました。
19. お父さんが帰ってきたら、たぶんうまく直してくれるでしょう。今度、福島のおばあちゃんの家に行くときに、元気になった赤べこを
一緒に
連れていくつもりです。【0】
20.(言葉の森
長文作成委員会 φ)