長文 10.1週
1.【1】「ああっ。」
2.わたしは、目を疑いうたが ました。石井いしい君の指は、小さな赤べこをつまんでいました。赤べことは、福島県の郷土きょうど玩具がんぐで、「赤いべこ」つまり、赤い体をした、牛のことです。首が振り子ふ このようにゆらゆらゆれる、とてもユーモラスな格好かっこうの牛です。【2】わたしの赤べこは、キーホルダーになっています。それをランドセルに下げていました。石井いしい君はふざけて触っさわ て遊んでいたのですが、何かの拍子ひょうしにはずれてしまったようです。いっしょにいたさやかちゃんが、あわててつけ直してくれようとしました。【3】しかし、赤べこの背中せなかについていた輪っかわ  折れお ていて、もうチェーンとつなげることができなくなっていました。石井いしい君は、いつものいたずらぼうずの顔から、びっくりした顔になって、
3.「ごめん。取れちゃった。」
4.と言いました。
5. 【4】この赤べこは、わたしが一年生のとき、福島のおばあちゃんが送ってくれたものです。わたしの赤いランドセルにぴったりだったので、一年生のときからずっと、お守り代わりにつけています。わたしの大事な大事な宝物たからものです。
6. 【5】でも、わたしは、石井いしい君がわざと壊しこわ たわけではないと知っていました。わたしは、なるべく明るい言い方で、
7.「あ、いいよ。これ、たぶんもう古くなっていたんだ。」
8.と言いました。石井いしい君は、少しほっとした顔になりましたが、もう一度、
9.「でも、ぼくがひっぱったから……。」
10.と、小さく言いかけました。【6】わたしは、
11.「いいの、いいの。気にしない。そういう運命だったんだから。」
12.と、元気に言って、赤べこを手に取りました。
13. 壊れこわ た赤べこに目をやると、赤べこは、のんびりした顔で、手のひらに横たわっています。【7】じっと見ていると、不思議ふしぎなことに赤べこが少し笑っわら たような気がしました。∵
14.「まあまあ、そんなにしんべ(心配 )しねえで。」
15.そんな牛の言葉まで聞こえた気がして、ふと顔を上げると、石井いしい君もじっと赤べこを見つめています。わたしたちは、顔を見合わせて、思わずくすっと笑いわら ました。
16. 【8】その日、わたしは家に帰ってから、お母さんに、壊れこわ てしまった赤べこを見せました。お母さんは少し驚いおどろ た顔をしましたが、事情じじょうを聞くとすぐに納得なっとくしてくれました。そして、赤べこを見ながら、
17.「石井いしい君、気にしていないといいね。」
18.と言いました。【9】わたしは、牛の声を聞いたんだから大丈夫だいじょうぶ、と心の中で思いました。
19. お父さんが帰ってきたら、たぶんうまく直してくれるでしょう。今度、福島のおばあちゃんの家に行くときに、元気になった赤べこを一緒いっしょ連れつ ていくつもりです。【0】

20.(言葉の森長文ちょうぶん作成さくせい委員会 φ)