チカラシバ の山 7 月 4 週
◆▲をクリックすると長文だけを表示します。ルビ付き表示

○自由な題名

★清書(せいしょ)

○授業参観日だといって、
 授業参観日だといって、こんなにきんちょうしたことは、いままでになかった。亜紀は、国語の教科書をつくえの上にだして、大きく深呼吸した。それから、ちらりとうしろをふりかえった。
 教室のうしろには、もう五、六人のお母さんたちがたっていた。
(あ、エミーのパパだ)
 ちょうど、うしろのドアからはいってきた背の高い男の人が、絵美のパパだった、亜紀は、この日のために国語の特訓につきあって、なんどか絵美の家へいっていたので、すぐにわかった。
 きょうの授業は、絵美がこのまま桜本小学校にのこるか、アメリカンスクールへいかなければならないかがきまるだいじな授業だ。
(どうか、エミーのパパのまえで、特訓の成果がでますように)
と、亜紀はいのるような気もちだった。
『ことわざと生活』のところは、声をだして何回よんだだろう。きのうは、亜紀も声がかれるくらい、絵美といっしょに練習した。ことわざも、たくさんおぼえた。
 亜紀は、絵美が気になって、なんどもふりかえってみた。絵美は、しんけんな顔つきで教科書をひらいていた。あまり亜紀がうしろをむくのでいつのまにかきていた亜紀のママが、黒板をさして、「まえをむいていなさい」というしぐさをした。
 教室のうしろが、お父さんやお母さんでいっぱいになったころ、パリッとした背広をきた先生が入ってきた。
「えー、きょうは、十三ページの『ことわざと生活』を勉強します。みんな、どんなことわざを知っているかな?」
 いつもは、わかっていても手をあげない人がおおいのに、授業参観の日は、みんながいっせいに手をあげる。亜紀も手をあげた。それから、もういちど、絵美をふりかえると、絵美もまっすぐに手をあげていた。
 何人かが、知っていることわざを発表したあと、先生は、
「そうだね、それでは、教科書をよんでみようか」
と、教室をみまわした。
「中山さん、よんでみて」∵
 まず、亜紀があてられ、それから、くぎりのよいところできりながら、六人が順番によみすすめた。そして、やっと、
「それでは、つぎは、高田さん」
と、絵美の名まえがよばれた。
「はい」
 絵美は、はっきりとへんじをしてたった。そして、大きな声でゆっくりと教科書をよんでいった。はじめは、少し声がふるえた。
 亜紀は、自分のときよりハラハラして、教科書の文字を目でおった。
「ですから、ことわざは……」
 絵美の声がつまった。
「ことわざは……」
 亜紀は心の中で、
「ニチジョウ、ニチジョウ!」
と、漢字のよみかたをさけんでいた。絵美が、ちょっと考えて、
「日常の生活のなかに……」
と、つづけたときは、ほっとした。

(松浦とも子「ライバルは転校生」)