セリ の山 3 月 3 週 (5)
★事件がおこったのは(感)   池新  
 【1】事件がおこったのは、今から約百年前の一八八五年七月六日のことでした。二日前に狂犬病の犬にかまれたかわいそうな犠牲者が、かれらの実験室につれてこられました。ジョゼフ=メイステルという少年です。
 【2】パストゥールははじめ少年の治療をことわりました。かれの方法は、まだ治療に使えるような段階ではなかったからです。しかし、友人のビュルパン医師とグランシェール医師が、かれを説得しました。なにもしなくても少年はまちがいなく死んでしまいます。【3】それは治療してもしなくても、これ以上悪くなることはないということでした。
 パストゥールは決心しました。四十年という長い研究のあと、パストゥールはついに人間にたどりつきました。
 【4】狂犬病はかならず死ぬ病気でした。
 しかし、パストゥールにとっては都合のよいこともありました。それは、狂犬病の犬にかまれてから、実際に狂犬病の症状があらわれるまでに一か月くらい時間がかかることです。【5】この一か月のあいだに、パストゥールはジョゼフ少年に、毒性の弱いウイルスを接種して予防し、次に接種するもう少し強いウイルスに対し、免疫にすることができます。
 【6】七月六日の夜に、グランシェール医師は、できるだけ弱めた脊髄液をつかってワクチンを接種しました。それから毎日すこしずつ強いものを接種していきました。十日め、もっとも毒性の強い狂犬病ウイルスを接種しました。
 【7】このときの不安がどんなに大きいものだったか、みなさん、想像することができますか。
 この病原ウイルスは、とても毒性が強いので、それだけでも少年の命をうばってしまうはずです。【8】しかし、さきに少年の体内にはいった病原ウイルスのあとを追ってはいりこんだ、この強い∵狂犬病ウイルスは、目的をかえてしまいました! 【9】殺さないで、ぎゃくに少年を守ったのです。症状があらわれるはずであった八月ごろには、ジョゼフ少年の体は病気に対して抵抗できる状態、つまり免疫になっていました。【0】
 
 「細菌と戦うパストゥール」(ブラーノ=ラトゥール)偕成社