1. 【1】そのころ、パストゥールは、ニワトリのコレラを
研究していました。かれは
犯人が8の字のかたちをした
細菌であることをつきとめていました。毎日
準備したスープの中で、この
細菌を
培養することができたからです。
2. 【2】一八七九年の夏の
休暇をパストゥールは
故郷のアルボアですごしました。パリに帰ってきたとき、
培養液のことをすっかり
忘れていたことに気がつきました。何週間も
放ったままにしていたのです。【3】かれは
助手にそれをすてるように
命じましたが、ふと思いなおしてともかくニワトリに
注射してみるようにいいました。
細菌はひょっとしたら、まだ
毒性をもっているかもしれません。
3. ところがどうでしょう。ニワトリは、コレラにかかりませんでした。【4】
実験をくりかえして、こんどは新しいとても強力な
培養液を
注射してみました。するとおどろいたことに、ほかのニワトリは
病気になったのに、古い
培養液を
注射しておいたニワトリは、
病気にかかりませんでした。
4. 【5】長いあいだにやしなわれた
直感と、
知識と、それに
偶然も
味方して、パストゥールはその
生涯でもっとも
重大な
発見をすることになったのです。
5. パストゥールは、ジェンナーの
天然痘のワクチン
接種から百年ののちに、新しいかたちの
予防接種法を
発見しました。【6】古くなったコレラ
菌の
培養液を
注射されたニワトリは、この
病原菌のはいっている新しい
培養液に
抵抗することができたのです。この
発見によって、
医学全体が新しく生まれかわることになりました。
6. まず
獣医たちがパストゥールの
仕事を
絶賛しました。
7. 【7】ニワトリコレラを
克服したかれは、ふたたび
炭疽病に
興味をしめしました。ニワトリコレラで
幸運がかれにあたえてくれたことを、こんどは自分の力でやってみるのです。しっかりとした
方法で、
培養液の
毒性をやわらげようとしました。∵
8. 【8】
炭疽菌のはいっている
培養液を、
摂氏四十三
度で八日間
加熱したあとならば、この
培養液を
羊、ウサギ、モルモットに
注射しても、
動物は
発病しません。これらの
動物の体は、弱められた
細菌によって
予防されたのです。【9】この弱められた
細菌は、いわば、もとの
仲間をうらぎって体の
味方をする、二
重スパイの
役割をえんじました。ですから、あとになって「
猛毒」な
炭疽菌を
注射しても、
平気でいることができるのです。【0】
9. こうしてパストゥールは、
動物に
炭疽病のワクチンを
接種する
方法を見つけだしました。
10. 「
細菌と
戦うパストゥール」(ブラーノ=ラトゥール)
偕成社