長文集  9月4週  ○近ごろは、ロンドンにいる、  ri-09-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/06/09 09:53:20
 近ごろは、ロンドンにいる、あるいはイギ
リスにいる日本人はかえって英語を使わなく
なったのではないか。日本から同日に配達さ
れる日本経済新聞と朝日新聞を読み、衛星放
送で日本のテレビを見る。そうすれば英語な
ど使わなくていいのである。そういう考え方
の人がふえているのではないだろうか。
 こういう生活をして、本人たちはたいへん
気楽なつもりでいる が、イギリスの側から
いわせると、こういう日本人はイギリスに来
ていったい何をしているんだろう、となる。
お金儲け以外なにもしていないのではないか
。イギリス人をわかろうともしないし、イギ
リス社会について知ろうともしないじゃない
かと。
 こうして、イギリス人の胸の中にひそんで
いる時間はしだいにふくらんでくることは間
違いない。彼らはこんなふうに思うのだ。―
―日本人はイギリスに来て、したい放題のこ
とをしている。お金は使ってくれるし、企業
も進出してくれるかもしれないが、実際にや
っていることはマナーもないし、イギリス人
に敬意を払おうともしない。自分たちだけで
好きなことをやって、ここがまるで自分たち
の治外法権の場所みたいな顔をしている。い
ま若い日本人がますますそういう傾向になっ
ていくとしたら、将来はかなり心配である。
日英関係にかならず悪影響を及ぼすのではな
いか――。
 いうまでもないことだが、イギリスにいる
日本人のすべて、日本のビジネスマンのすべ
てがそうだということではない。特に企業人
からも尊敬され、公の場所で意見もいうし、
イギリス政府にたいしてアドバイスもする。
 こうした日本の企業人とイギリス企業人と
の大きな違いは、日本の企業のトップは、ビ
ジネスができるだけでなく、教養があるとい
う点である。彼らは文学や芸術のことも話せ
るし、実際、そういうことに興味をもってい
る。イギリスのビジネスマンは、サッチャー
さんの高等教育拡大方針にもかかわらず、お
金儲けはできるし、マネジメントの才もある
が、じつは教養や文化にかかわりのない人が
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多いのである。お金がたまったらそれを持っ
て外国へ出ようとか、ホリデーをたっぷりと
ろうとかいうことばかり考えていて、自分の
教養を深めるということはしないし、本を読
むこともしない。
 そういうビジネスマンが多いイギリスで、
日本のトップクラスのビジネスマンは、詩の
本を読んでいるとか芸術のこともわかると 
か、とてもすばらしいと思われている。もち
ろんイギリスにもそう∵いう人もいるが、マ
ナーもすばらしいし、英語もきちんと話せ 
る、いわば世界レベルの日本のビジネスマン
がふえていることもまた確かなのである。
 そうしたトップクラスのビジネスマンと、
日本からやってきたとたんに、日本にはお金
があって、イギリスから習うものは何もない
と、まるで植民地にでも来たように威張って
みせる若い人たちとの差がひじょうに拡大し
てきているのではないか。
 長いあいだイギリスにいて、日本企業の地
位を高めるのに努力してきた日本のトップク
ラスのビジネスマンの苦労は、日本が経済的
に世界で大きな地位を占めるようになってか
ら生まれた若い人たちの軽はずみな言動やバ
カげた行為によって覆されてしまうのではな
いか――そんなことが危惧されるようになっ
てきたのが当節のイギリスなのである。

(マークス寿子『大人の国イギリスと子ども
の国日本』)