長文集  9月1週  ★映画「地球交響曲」の(感)  ri-09-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】映画「地球交響曲」のシナリオハン
ティングのため、フィンランド北部ラップラ
ンドの森を歩いた。ラップランドはすでに北
極圏に入っている地域で、冬は雪と氷と暗闇
の世界になる。【2】その分、夏は正反対の
世界となり、ラップランドの森は、この夏の
わずか数か月の間に、あらゆる草木が一気に
芽吹き、花開き、萌えるような緑に包まれる
。【3】ラップランドの夏の森は、まさにす
べての生命によって奏でられる地球交響曲の
コンサート会場といった雰囲気であった。し
かし、ラップランドの森は、実は、エアコン
の効いた都会のコンサートホールではなく、
真の野性が保たれている大自然である。【4
】撮影を目的として大自然の中に踏み入る 
時、私はいつも二つの矛盾した世界の上に立
たされることになる。私は大自然の中でシン
フォニーをともに奏でる演奏者のひとりとな
るのか、それともそのシンフォニーに耳を傾
ける観客のひとりなのか。
 【5】ラップランドの夏の森に一歩足を踏
み入れると、まず最初に出迎えてくれるのは
、美しい若葉の緑でもなく、色鮮やかな草花
でもなく、実はおびただしい数の蚊やブヨの
大群なのだ。【6】しかもその数としつこさ
は都会生活に慣れた私たちの想像を絶するも
のがある。写真で見た風景の美しさにひかれ
てこの森にやって来る都会からの旅人たちは
、まずこの洗礼を受けることになる。
 【7】だから森に入る旅人は長袖、長ズボ
ン、そして蚊よけ帽子をかぶるのが鉄則とな
る。ところが、私の立場はそうはいかない。
まず第一に、蚊よけ帽子をかぶっていたので
は撮影ができない。【8】そして何よりも、
このようないわばバリヤーを自分のからだの
周囲に築いてしまうことは、森と対話する最
も重要な回路を自ら閉じてしまうことになる
からだ。
 森の本当の美しさは、嗅覚・聴覚・触覚な
ど五感のすべてが解放されてこそ初めて見え
てくる。【9】五感のすべてを解放し、全身
で森と対話した時、初めて森は私を受け入れ
てくれる。
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 多様な木々、草花、虫たち、動物たち、風
、匂い、光などすべてが深く関わり合って一
つの大きな生命体として生きている森。【0
】森のすべての生命がそれぞれの役割をにな
いながら、ともに一つの生∵命のシンフォニ
ーを奏でている。そこには安全に隔離された
観客席はない。もし森が奏でるシンフォニー
を聴きたいなら、どうしてもその森の一員と
して、隅っこにでも加えてもらわなければな
らない。
 ラップランドの森の夏は短い。蚊たちはこ
の短い夏の間に、必死で生きて子孫を残そう
としている。夏の森に侵入してきた私の肉体
から血を吸いとろうとするのは森の自然の摂
理そのものなのだ。私が感じるかゆさもまた
森が奏でるシンフォニーの楽音の一つなのか
もしれない。そう思うと、刺された時のかゆ
さは変わらないにしても、そのことに心乱さ
れることからは少し解放されるような気がし
た。風や匂いや音に感覚を研ぎすます余裕も
生まれた。

(龍村仁(たつむらじん)著「地球のささや
き」による。)