1. 【1】文章を読んでいて、いっていることが全面的に
肯定されるのではない、また、当面必要なことでもないけれども、じっとしていられないような興奮を覚えることがあって、そういうとき、「
刺激的」という形容詞が使われる。【2】「
刺激的」とはどういうことか。
2. かりに、本を円周のようなものだと考えてみる。読者はゆっくりその円に
添って走り出す。だんだん速度が加わってくると、はじめのように円に
即しているのが困難になり、
カーヴでは外へ飛び出そうとするかもしれない。
3. 【3】「
刺激的」とは、そういう
カーヴをたくさんもった本ということになろう。
4. 読者が予期するようなところへ展開するなら、快感はあっても、
刺激はすくない。【4】逆に、読者の意表をつくようなことがつぎつぎあらわれると、読者はその都度、タンジェントの方向へ飛び出そうとして、そこに
緊張をかもし出す。それが
刺激的と感じられる。
5.
脱線しかけるときに創造のエネルギーが生まれる。【5】直線レールの上を静かにおとなしく走っていれば
脱線の危険もないかわり、
軌道の外へ出たくても出られない。無理な
カーヴを大きなスピードで
走り抜けようとすれば
脱線するかもしれないが、そこに、新しい道のできるチャンスもある。【6】安全な
軌道を選ぶか、危険な
カーヴの多い道を選ぶかは好みにもよるが、発見に便利なのは
脱線の可能性の大きなルートを走ることである。
6. かりに大きな
カーヴがあってもスピードがなければ
脱線しない。【7】安全運転だけを目標とするのなら、
脱線しないのは喜ぶべきことだが、新しい道をつくるには、
軌道の上だけ走っていたのでは話にならない。無理な
カーヴなら
脱線して、より合理的な近道を発見することができるはずである。【8】
脱線するにはスピードを出している必要がある。これは自動車の運転とは
違う。
7.
寝ころがって読んだときに、たいへんおもしろいと思ったから、∵ひとつ
本腰を入れて読んで何かまとめてみようか、などと考えて机に向かって読むとさっぱりおもしろくなくなってしまう。【9】そういう経験はすくなくない。やはり、読む速度が関係しているように思われる。さっと読んだときは、適当に
脱線して、勝手なことを想像しながら読む。ところどころで自分の考えを
触発される。それが「おもしろい」という印象になっている。【0】ていねいに読めばいっそうおもしろくなるように考えるのは誤解で、スピードにともなうスリルが消えると、さっぱり
刺激的でなくなってしまうのである。(中略)
8. 大きな木の下には草も育たない、という。大木はすばらしい。寄らば大樹のかげ、という言葉もあるくらいである。近づきたいと思うのは人情であろう。すぐれた本も大木のようなところがある。その下に立っては手も足も出ないで、ただ、大著名著であることを
賛嘆するにとどまる。大木は遠くから
仰ぎ見るべきものと思って、早くその根もとから
離れる必要がある。
9. これは本だけではなく、すぐれた指導者についてもいいうる。すぐれた
影響力をもっている点にのみ着目していると、そのために個性を失った人間が育つ危険を見落しがちになる。
亜流になりたくなかったら、敬遠して
影響を受ける必要がある。それを
勘違いして、すぐれた先生にはなるべく近づきたいという気持ちにひかれて、せっかくの師の
薫陶を台なしにしてしまうことが、いかにしばしば起こっていることであろうか。すぐれた
師匠の門下にかならずしも
偉才傑物ばかりが
輩出するとは限らないのは、大木の枝の下で毒されて
伸びるべきものまで
伸びないでしまうからであろう。だいいち、門下という言葉からして感心しない。心ある門弟はあえて門外に立つ勇気がいる。
10.
圧倒されそうな
影響をもっているものには不用意に近づかないことである。近づいてもながく付き合いすぎてはいけない。
11.(
外山滋比古「知的創造のヒント」による。)