長文集  8月3週  ★文章を読んでいて(感)  ri-08-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2017/09/07 17:26:42
 【1】文章を読んでいて、いっていること
が全面的に肯定されるのではない、また、当
面必要なことでもないけれども、じっとして
いられないような興奮を覚えることがあって
、そういうとき、「刺激的」という形容詞が
使われる。【2】「刺激的」とはどういうこ
とか。
 かりに、本を円周のようなものだと考えて
みる。読者はゆっくりその円に添って走り出
す。だんだん速度が加わってくると、はじめ
のように円に即しているのが困難になり、カ
ーヴでは外へ飛び出そうとするかもしれない

 【3】「刺激的」とは、そういうカーヴを
たくさんもった本ということになろう。
 読者が予期するようなところへ展開するな
ら、快感はあっても、刺激はすくない。【4
】逆に、読者の意表をつくようなことがつぎ
つぎあらわれると、読者はその都度、タンジ
ェントの方向へ飛び出そうとして、そこに緊
張をかもし出す。それが刺激的と感じられ 
る。
 脱線しかけるときに創造のエネルギーが生
まれる。【5】直線レールの上を静かにおと
なしく走っていれば脱線の危険もないかわ 
り、軌道の外へ出たくても出られない。無理
なカーヴを大きなスピードで走り抜けようと
すれば脱線するかもしれないが、そこに、新
しい道のできるチャンスもある。【6】安全
な軌道を選ぶか、危険なカーヴの多い道を選
ぶかは好みにもよるが、発見に便利なのは脱
線の可能性の大きなルートを走ることである

 かりに大きなカーヴがあってもスピードが
なければ脱線しない。【7】安全運転だけを
目標とするのなら、脱線しないのは喜ぶべき
ことだが、新しい道をつくるには、軌道の上
だけ走っていたのでは話にならない。無理な
カーヴなら脱線して、より合理的な近道を発
見することができるはずである。【8】脱線
するにはスピードを出している必要がある。
これは自動車の運転とは違う。
 寝ころがって読んだときに、たいへんおも
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しろいと思ったから、∵ひとつ本腰を入れて
読んで何かまとめてみようか、などと考えて
机に向かって読むとさっぱりおもしろくなく
なってしまう。【9】そういう経験はすくな
くない。やはり、読む速度が関係しているよ
うに思われる。さっと読んだときは、適当に
脱線して、勝手なことを想像しながら読む。
ところどころで自分の考えを触発される。そ
れが「おもしろい」という印象になっている
。【0】ていねいに読めばいっそうおもしろ
くなるように考えるのは誤解で、スピードに
ともなうスリルが消えると、さっぱり刺激的
でなくなってしまうのである。(中略)
 大きな木の下には草も育たない、という。
大木はすばらしい。寄らば大樹のかげ、とい
う言葉もあるくらいである。近づきたいと思
うのは人情であろう。すぐれた本も大木のよ
うなところがある。その下に立っては手も足
も出ないで、ただ、大著名著であることを賛
嘆するにとどまる。大木は遠くから仰ぎ見る
べきものと思って、早くその根もとから離れ
る必要がある。
 これは本だけではなく、すぐれた指導者に
ついてもいいうる。すぐれた影響力をもって
いる点にのみ着目していると、そのために個
性を失った人間が育つ危険を見落しがちにな
る。亜流になりたくなかったら、敬遠して影
響を受ける必要がある。それを勘違いして、
すぐれた先生にはなるべく近づきたいという
気持ちにひかれて、せっかくの師の薫陶を台
なしにしてしまうことが、いかにしばしば起
こっていることであろうか。すぐれた師匠の
門下にかならずしも偉才傑物ばかりが輩出す
るとは限らないのは、大木の枝の下で毒され
て伸びるべきものまで伸びないでしまうから
であろう。だいいち、門下という言葉からし
て感心しない。心ある門弟はあえて門外に立
つ勇気がいる。
 圧倒されそうな影響をもっているものには
不用意に近づかないことである。近づいても
ながく付き合いすぎてはいけない。

(外山(とやま)滋比古(しげひこ)「知的
創造のヒント」によ る。)