長文集  6月3週  ★学習の遺伝的プログラムは(感)  ra2-06-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】学習の遺伝的プログラムは、その動
物の生きかたに応じ て、じつに細かな配慮
をもって周到に組みたてられている。
 人間はもともと集団をつくって生活する動
物なので、多くのことを学習して行動を身に
つけていくようにプログラムされていると考
えることができる。【2】事実、人間には学
習しないとできない行動がたくさんある。性
行動すら何らかの形で学習する必要があると
いわれている。そして人間は、教えればずい
ぶんいろいろなことを学習する。
 このようなことが近代における多くの誤解
を生むことになった。
 【3】たとえば、人間は遺伝子から自由で
、多くのことを学習によって獲得し、進歩し
てゆくという誤解。
 遺伝(本能)によらず学習によって行動を
形づくっていくということは、人間が動物よ
り格段に進化した存在であることの証拠であ
るという誤解。
 【4】そして、人間は幼いときからいろい
ろなことを教えこんで学習させれば、いくら
でも多くのことができるようになるという誤
解。
 このような誤解にもとづいて、近代はやた
らと教育熱心な時代になった。とにかく学校
をつくって教育しなくてはいけない。
 【5】こうして、多くの「進んだ」国々は
、人づくりに狂奔することになった。
 たしかに、何かをするには「人」が必要で
ある。けれど、その「人」をつくるという発
想自体を検討してみようなどという兆しはま
ったく見られない。
 【6】利己的遺伝子の見方に立つと、「人
づくり」という発想はいかにも奇妙で、現実
ばなれしている。あえて、利己的遺伝子説を
引き合いに出すまでもなく、現代の一般的な
生物学の認識から見ても奇妙である。
 個人が生まれてのち育っていくプロセスは
、いわゆる発生学の問題である。【7】今日
の発生生物学の認識によれば、発生、発育の
プロセスは、基本的にはすべて遺伝的にプロ
グラムされており、問題はそのプログラムが
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どのように構成されているか、そのプログラ
ムがちゃんと作動し、具体化されてゆくため
にどのような条件が必要か、ということであ
る。
 【8】こういう新しい条件を与えたら、新
しいプログラムができて、新しい発育のしか
たをするとか、プログラムが改善されて、よ
りすばらしい個体ができあがる、とかいうも
のではない。【9】といって、∵プログラム
はすでにあるのだから、何もせずにほってお
いても自然に何かができあがってゆくだろう
と考えるのは、パソコンにプログラムだけを
入れて、何の入力もしないでプリンターに何
かでてくるのを待っているにひとしい。何か
手を加えてやることが不可欠なのである。【
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 しかし今述べたとおり、手を加えたからと
いって新しいプログラムができるわけではな
い。すでにその個体がもっているプログラム
が具体化してゆくような条件を満たしてやる
だけである。学習とか練習とか教育とかいう
ものは、まさにこれなのだ。
 教育とは教え込むことではなく、引き出す
ことである、という表現が昔からあった。こ
れはかなり当っている。しかし、そこで想定
されていたのは、その個人がもっている力、
あるいは能力を引き出すということであった
ように、ぼくには思われる。現代われわれに
必要なのは、教育とはその個人がもっている
遺伝的プログラムをできるだけよく具体化す
ることだという認識である。

 (日高敏隆の文章による)