長文集  12月4週  ○一番わかりやすいのは(感)  nu2-12-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/08/06 19:09:03
 【1】一番わかりやすいのは、スズメバチ
と熊の関係である。スズメバチにとって熊は
天敵だ。せっかく築いた巣を壊し、中の蜂蜜
やら幼虫を台無しにしてしまう。【2】スズ
メバチ自体は、強力な社会性と毒による攻撃
力をもっているため、実質的な天敵は熊以外
には見当たらない。巣を破壊するといった無
謀な行動を起こすのは熊くらいのものだ。【
3】スズメバチとその唯一の天敵である熊と
の攻防は、おそらく何十万年以上ものあいだ
続いているため、スズメバチは熊のような黒
っぽい体色に対しては、攻撃をしかける習性
が選択されたらしい。【4】山菜採りに行っ
た黒っぽい服装の人や頭の黒い人間がスズメ
バチに襲われるのは、その習性のためという
のがもっぱらの説だ。造成地では人間がブル
ドーザーでスズメバチの巣を破壊しているが
、せいぜいこの四〇〜五〇年のことだ。【5
】スズメバチがブルドーザーを目掛けて攻撃
するといった習性を獲得するには、何万年も
の時間が必要であるに違いない。
 【6】スズメバチと熊の例を見て「異種の
動物のコミュニケーションにおいて色に意味
がある」と気づいたのは、人間が熊と見誤ら
れて実際に襲われているからである。もしそ
うでなければ、そのような関係性にはまった
く気がつかなかったかもしれない。【7】仮
にスズメバチが熊を攻撃しているのを目撃し
ても、スズメバチの巣を壊した熊が襲われて
いるのだろうとしか見えないだろう。【8】
スズメバチが人間を襲うといった、本来の行
動とは違う誤った行動をかいま見せることに
より、われわれはその特殊な関係性にはじめ
て気づかされる。
 【9】おそらく、この広い地球上には生物
種同士の攻防に「色が重要な意味をもつ」例
が山ほどあるに違いない。ただ、人間がその
ような局地紛争には気がついていないだけだ
。色のもつ意味は、動物のライフスタイルに
よってまったく異なる可能性がある。【0】
この点については、残念ながらわれわれはど
のような工夫をして も、その実∵体を知る
のは難しいだろう。
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 一方、スズメバチにとっての熊の体色のよ
うな特別な関係を意味する色とは異なり、警
戒色や目玉模様はかなり普遍的な信号とし 
て、広範に使われているものと推測される。
ただし、その信号を受信する側が、本能的に
それを避けるのか、学習によって学んでいる
のかは、ケース・バイ・ケースの(場合によ
る)ように思われる。有毒なジャコウアゲハ
は真っ黒な翅(つばさ)に赤いスポットを見
せびらかすかのごとくゆっくりと飛ぶ。天敵
である鳥は、いとも簡単に捕まえて食べるこ
とができるが、そのまずさに懲りて二度とこ
のような紋様をしたチョウを食べなくなる。
つまり、味と紋様という二つの形質を学習に
よって結びつけるという過程を経て、警戒色
は成立している。この場合、死なない程度の
毒だからこそ、経験が生かされ学習が成立し
ている。では警戒色のすべてがこのような学
習によって成立しているのだろうか? もし
、そうだとするなら ば、警戒色や目玉模様
は、学習能力がある程度高い捕食者、脊椎動
物、つまり、哺乳類、鳥、爬虫類、両生類、
魚類などに向けたシグナルなのだろう。
 しかし、強力な毒をもつ有毒の蛇が見せる
警戒色などは、捕食者に学習する余裕はない
。かまれてしまったら一巻(かん)の終わり
だ。ひょっとしたら、捕食者は本能的に蛇を
避けるように遺伝子に書きこまれている場合
もあるかもしれない。被食者の警戒色は痛い
目にあわないとわからないシグナルなのか?
 遺伝子の中に刷りこまれている記憶なのか
? 私が蛇ぎらいである理由や記憶をたどっ
てみてもよくわからない。

 (藤原晴彦『似せてだます擬態の不思議な
世界』(化学同人))