長文集  10月4週  ○音楽に限らず(感)  nu2-10-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/08/06 19:06:43
 【1】音楽に限らず文化というものは、共
有財産として皆が自由に使える形で常に身の
回りにあってこそ発展するという面をもつ。
【2】モーツァルトの音楽を聴くと牛の乳の
出が良くなるとか、良い子が育つというよう
な話が本当かどうかはともかくとして、音楽
がコンサートの場だけでなく、様々な社会的
局面で人間を育み、文化を涵養してゆく機能
を果たすことを考えれば、それらが自由に使
えるということは重要なことである。【3】
少なくとも、モーツァルトの音楽を使うたび
に著作権料を取られていたのでは、そのよう
な文化の広がりが望めないばかりか、音楽の
創作活動自体も窒息してしまうだろう。
 【4】アフリカ諸国などでは、自国の音楽
文化が西洋の音楽家にリソースとして勝手に
使われることに対抗し、西洋の著作権の考え
方を導入したことがかえって地元の人々の音
楽活動を抑制する結果になってしまったりも
したようだ。【5】それらの地域には、皆が
共通に使えるメロディなどの素材を共有財産
としてストックし、使い回すことによって新
しい音楽づくりをしてゆく文化があった。西
洋の搾取をおそれるあまり、彼らの日常その
ものが変質し、窒息させられてしまったので
ある。
 【6】アフリカだけの問題ではない。西洋
の近代文化は、作者個人の独創性をことさら
重視する文化には違いないが、それが「文 
化」である限り、その独創性は決して作者一
人のものではありえない。【7】バッハやモ
ーツァルトなど、多くの先達たちの残した「
遺産」に取り囲まれ、それらを模倣したり換
骨奪胎したりして摂取する一方で、それらと
対峙しのりこえることを通して、音楽文化は
育まれてきた。
 【8】「保護」して勝手に使わせないよう
にするだけでは文化は育たない。それらを共
有財産として皆で分かち合い、余すところな
く使い回すための公共の場が確保されている
ことは、文化を生み出す土壌には不可欠なの
である。【9】著作物の保護年限がどんどん
延ばさ∵れてゆく今日の風潮の中で、著者の
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「権利」に目を奪われるあまり、文化のそう
いう側面が忘れられてはいまいか。
 【0】個人情報保護もそうだが、文化は社
会全体で育ててゆくものだという視点を失い
、個人の権利だけが暴走するのはこわいこと
だ。著作権という考え方自体、決して一枚岩
的に成立したわけではなく、芸術の社会的位
置や文化産業のあり方の変化の中で、西洋社
会が皆で工夫を加えながら育んできたものだ
。西洋社会がこのような考え方をなぜ必要と
するにいたったか、それが日本の社会に何を
もたらし、何を失わせたのか、そういうこと
をあらためて認識しなおすことが今求められ
ている。

 (渡辺裕『考える耳』(春秋社))