長文 10.3週
1. 【1】中学生の悩みなや で、一番多いのは友人についてだという。ぼくなんか、それを聞くと、青春をなつかしんで、うらやましくなってしまう。
2. 心がすっかり通じあった、なんでも語りあえる友、というのはいいものだ。【2】だれもいっとき、それを夢みるゆめ  
3. しかし、本当のところは、そんなものはないと思う。
4. 心が本当に通じあったら、気味が悪い。人間と人間とは、どんなに通じあっているようでも、いくらかはすれ違う  ちが 。【3】それが、他人の間の自分というものだ。他人とは、自分と違うちが 心を持ち、自分と微妙びみょうに心がすれ違う  ちが ので、自分にとって意味を持つ。
5. 【4】そうしたすれ違い  ちが から、人間と人間のドラマが生まれる。そうしたすれ違い  ちが から、新しい発想が生まれ、議論ぎろん創造そうぞうへと発展はってんする。だれひとりとして同じ心を持たない、この人間たちの意味はそこにある。
6. 【5】また、なんでも話しあえる、というのもうそだろう。うそでないとしても、そんなになんでも話してしまっては、自分がなくなってしまう。自分だけのために、なにがしかは心の底にとっておくものだ。【6】それが自分の心の重荷になろうとも、それを支えるささ  のが、自分というものである。
7. こうしたことを無視むしして、友人と考えていては、裏切らうらぎ れて当然だと思う。それに、あんまりベッタリした友人関係は、長持ちしないものだ。
8.  (中略ちゅうりゃく
9. 【7】本来は、友人というのは、それぞれに自分の心をとっておきながら、ふれあいのなかでいたわりあうものだろう。それは、完全には重ならず、完全には通じあわぬ、断念だんねんの上で成立する。
10. 【8】しかし、きみたちにしても、そんなことは、無自覚にしろ、承知しょうちの上のことかもしれぬ。自分と他人がそれぞれに確立かくりつしたうえでおたがいに関係をとり結ぶこと、そうしたことへの一種のおそれが、友人についてのゆめを持たしているのかもしれぬ。
11. 【9】それは、ぼくにも多少はおぼえがある。自分が他人と違うちが 自分になっていくこと、他人を自分と違うちが 人格じんかく意識いしきしていくこと、そ∵うした過程かていの反動として、自分と一体化した他人として、友という幻影げんえいを求める。【0】それが、青春の一時期であるにしても、そうした幻影げんえいを持てればしあわせである。
12. ただし、幻影げんえいはやはり幻影げんえいである。そして、友人が持てないというのは、幻影げんえいが持てないというだけのことで、友人ができないと悩むなや ほどのこともあるまい。
13. そしてやがて、自分とは違っちが た心を持った他人との、友人関係が作られていくと思う。そのとき、きみはだれでもないきみ自身の心を持ち、そして友人もまたかれ自身の心を持つことを、たがいに認めみと あうだろう。かれは、きみと違っちが ていて、心がすれ違う  ちが からこそ、友人となる。
14. 自分とた人間を求めて、友人を作るというのを、ぼくはあまりすすめない。たしかに、自分とているだけに、つきあいやすい。しかし、あきやすかったり、はなにつきやすいのも、自分とた相手だ。
15. なるべくなら、どんなグループにあっても、そしてそのグループの人間が自分とていなくても、そのなかでこそ、友人ができたほうがよい。そこで、自分にた相手を探しさが ても、見つからないだろう。
16. 自分と性格せいかく違いちが 、自分とものの考え方の違うちが 相手のほうが、友人としてはおもしろい。違うちが 考えをしたり、意見がくい違うちが からこそ、関係をとり結ぶ意味があるのだ。た相手より、ない相手を探しさが てみたらどうだろう。それなら、友人になれる相手は、いくらでもいる。
17. たもの同士が群れむ あうのは、ぼくはむしろつまらなく思う。違和感いわかんを持つグループのなかでこそ、友は必要なのだ。
18. それは、自分の人格じんかく確立かくりつし他人の人格じんかく認めるみと  ようになることでもある。自分と違っちが た心を持った他人の価値かちを知ることである。他人の心を大事にできるためには、自分の心を大事にできなければ∵ならないが、そうしたなかで友は作れる。
19. でも、青春、自分が確立かくりつしていくなかで、友を求めて悩むなや のは自然なことだ。そうした悩みなや は、青春にはあってよいと思う。少なくとも、友ができないと断念だんねんして、自分のからにこもったりはしないことだ。求めることなく、にこもったりしていては、その自分が作られることもない。自分というものは、こうした過程かていを通じてだけ作られるもので、自分のからのなかで自分を作るわけにはいかない。人間というものは、さなぎの中にあってちょうになるものではない。

20.(森つよし「まちがったっていいじゃないか」より)