長文集  10月3週  ★中学生の悩みで(感)  nu2-10-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】中学生の悩みで、一番多いのは友人
についてだという。ぼくなんか、それを聞く
と、青春をなつかしんで、うらやましくなっ
てしまう。
 心がすっかり通じあった、なんでも語りあ
える友、というのはいいものだ。【2】だれ
もいっとき、それを夢みる。
 しかし、本当のところは、そんなものはな
いと思う。
 心が本当に通じあったら、気味が悪い。人
間と人間とは、どんなに通じあっているよう
でも、いくらかはすれ違う。【3】それが、
他人の間の自分というものだ。他人とは、自
分と違う心を持ち、自分と微妙に心がすれ違
うので、自分にとって意味を持つ。
 【4】そうしたすれ違いから、人間と人間
のドラマが生まれる。そうしたすれ違いから
、新しい発想が生まれ、議論が創造へと発展
する。だれひとりとして同じ心を持たない、
この人間たちの意味はそこにある。
 【5】また、なんでも話しあえる、という
のも嘘だろう。嘘でないとしても、そんなに
なんでも話してしまっては、自分がなくなっ
てしまう。自分だけのために、なにがしかは
心の底にとっておくものだ。【6】それが自
分の心の重荷になろうとも、それを支えるの
が、自分というものである。
 こうしたことを無視して、友人と考えてい
ては、裏切られて当然だと思う。それに、あ
んまりベッタリした友人関係は、長持ちしな
いものだ。
 (中略)
 【7】本来は、友人というのは、それぞれ
に自分の心をとっておきながら、ふれあいの
なかでいたわりあうものだろう。それは、完
全には重ならず、完全には通じあわぬ、断念
の上で成立する。
 【8】しかし、きみたちにしても、そんな
ことは、無自覚にし ろ、承知の上のことか
もしれぬ。自分と他人がそれぞれに確立した
うえでおたがいに関係をとり結ぶこと、そう
したことへの一種のおそれが、友人について
の夢を持たしているのかもしれぬ。
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 【9】それは、ぼくにも多少はおぼえがあ
る。自分が他人と違う自分になっていくこと
、他人を自分と違う人格と意識していくこ 
と、そ∵うした過程の反動として、自分と一
体化した他人として、友という幻影を求める
。【0】それが、青春の一時期であるにして
も、そうした幻影を持てればしあわせである

 ただし、幻影はやはり幻影である。そして
、友人が持てないというのは、幻影が持てな
いというだけのことで、友人ができないと悩
むほどのこともあるまい。
 そしてやがて、自分とは違った心を持った
他人との、友人関係が作られていくと思う。
そのとき、きみはだれでもないきみ自身の心
を持ち、そして友人もまた彼自身の心を持つ
ことを、たがいに認めあうだろう。彼は、き
みと違っていて、心がすれ違うからこそ、友
人となる。
 自分と似た人間を求めて、友人を作るとい
うのを、ぼくはあまりすすめない。たしかに
、自分と似ているだけに、つきあいやすい。
しかし、あきやすかったり、はなにつきやす
いのも、自分と似た相手だ。
 なるべくなら、どんなグループにあっても
、そしてそのグループの人間が自分と似てい
なくても、そのなかでこそ、友人ができたほ
うがよい。そこで、自分に似た相手を探して
も、見つからないだろう。
 自分と性格が違い、自分とものの考え方の
違う相手のほうが、友人としてはおもしろい
。違う考えをしたり、意見がくい違うからこ
そ、関係をとり結ぶ意味があるのだ。似た相
手より、似ない相手を探してみたらどうだろ
う。それなら、友人になれる相手は、いくら
でもいる。
 似たもの同士が群れあうのは、ぼくはむし
ろつまらなく思う。違和感を持つグループの
なかでこそ、友は必要なのだ。
 それは、自分の人格を確立し他人の人格を
認めるようになることでもある。自分と違っ
た心を持った他人の価値を知ることである。
他人の心を大事にできるためには、自分の心
を大事にできなければ∵ならないが、そうし
たなかで友は作れる。
 でも、青春、自分が確立していくなかで、
友を求めて悩むのは自然なことだ。そうした
悩みは、青春にはあってよいと思う。少なく
とも、友ができないと断念して、自分の殻に
こもったりはしないことだ。求めることなく
、殼にこもったりしていては、その自分が作
られることもない。自分というものは、こう
した過程を通じてだけ作られるもので、自分
の殻のなかで自分を作るわけにはいかない。
人間というものは、さなぎの中にあって蝶に
なるものではない。

(森毅(つよし)「まちがったっていいじゃ
ないか」より)