1. 【1】そのつもりになって
神経を集中、注意すれば、われわれの
能力は
大幅にアップする。たとえば、
騒音のひどい電車の中で会話をしている二人がいるとする。聞きづらいにしても、なんとか
互いに言っていることがわかる。【2】ところがこれをテープレコーダーで録音して聞いてみると、全体が
雑音でぬりつぶされてしまい、なにを言っているのか、まるでわからない。
2. 【3】機械は正直に音をとらえているのだが、それではわからない声を話している当人たちは聞きとっている。必要な音だけを選んで、不必要な音をすてて聞きとっていることがわかる。【4】機械はただ聞いているにすぎないが、人間は注意して、大事な音だけをとらえるからこういう
違いが出る。同じ人間でも、当人ではなく、そばで立ち聞きしている人には、テープレコーダーほどではないにしても、聞きとれないところがずいぶんあるにちがいない。
3. 【5】こどもが重い病気にかかって、その母親がつきっきりで
看病している。連日の
寝不足で、母親は、ときどきまどろむ。そんなとき、台所でものが落ちて大きな音がしても、母親の目は覚めることはない。【6】ところが、目の前の病児が、なにか小さな声でうわごとのようなことでも言うと、母親はハッとわれにかえり
子供の顔をのぞく。
4. 【7】
看病する母親にとって、台所の物音など問題ではないから、いくら大きな音がしても、目を覚ましたりはしない。それが気にかけているこどもだと、ほんの小さな声でも聞きもらすことがない。【8】心を向けているところにはたいへん
鋭敏な
神経がはたらくのである。
5. 「気をつけ」という号令をかける。これは、注意力を集中させ、力を
発揮するようにということである。【9】
体操などでは「気をつけ」によって、もっている
能力を高めることができる。ぼんやり、注意
散漫にしていては、なにもできない。
6. スポーツですばらしい力をだすのは、集中しているからである。【0】集中が持続できなくて、
崩れると、それまででは考えられないようなミスが出たりして、試合ならたちまち負けてしまう。スポーツで勝つには、何としても、始終集中を
維持する必要があるのであ∵る。スポーツの選手はこのことを
経験でよく知っている。集中できないで、強くなったり、試合に勝つことはできない。
7. 勉強のよくできる生徒が、スポーツでも
優秀な
成績をおさめることがあるのは、勉強を通じて体得した集中力をスポーツでも
発揮するからである。
逆にまた、スポーツで養った集中力を勉強に生かせば短い時間で
効率のよい学習ができる。
文武両道といわれるのは、こうした集中力を頭の活動にも、体の活動にも、うまく使っているケースのことである。
8. ところで、この集中力を持続するのはなかなか
容易なことではない。それが
可能になるには、訓練が必要である。
9. 「陸上
競技の四百メートル走で、全部を
短距離のように
疾走することは
難しい。それで四百メートルは
中距離ということになっていた。かつてソ連で、これを
短距離なみに、始めから終わりまで全力を出し切って走る方法を考案、実地に試みて成功した。その結果、四百メートルは
短距離なみに走ることができるようになったのである。
10. どうして、それが
可能になったのか。まず四百メートルを百メートルずつ四つに区分し、それぞれを十メートルと九十メートルに分ける。そして十メートルを全力
疾走、九十メートルは力を
抜いて走る。これを四回くりかえすと、四百メートルになる。それに
慣れたら、二十メートルと八十メートルにして、同じく全力
疾走と力を
抜いた走り方をする。次は、三十メートルと七十メートル、さらに四十メートルと六十メートルにし、やがて全力
疾走九十メートル、流す走り十メートルにし、ついには九十九メートル、百メートルの全力
疾走にこぎつける。こうすれば四百メートルすべてが、
短距離と同じような走り方ができるようになる。すこしずつ集中持続をのばしていく方法である。」
11. 勉強における集中持続も
似たような具合にのばすことができる。
12. 大体、三十分くらいの集中
継続なら、一カ月もすればできるようになるであろう。
欲を言えば、もうすこしのばして一時間くらいに∵したい。それができるようになればしめたものである。
13. 集中しているかどうかは、メトロノームのような音を出すものをそばにおいてしらべる。その音が気になるようなら、注意が集中してない
証拠である。
没頭、
夢中になれば
雑音など気にならなくなる。
14. 勉強はどれくらい長い時間、
机に向かっているかではなく、どれだけ集中しているかによって成果がきまってくる。だらだらした長時間勉強など、そもそも勉強の中に入らない、と言ってもよいくらいである。
15.(
外山滋比古「ちょっとした勉強のコツ」より)