長文集  10月2週  ★そのつもりになって(感)  nu2-10-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】そのつもりになって神経を集中、注
意すれば、われわれの能力は大幅にアップす
る。たとえば、騒音のひどい電車の中で会話
をしている二人がいるとする。聞きづらいに
しても、なんとか互いに言っていることがわ
かる。【2】ところがこれをテープレコーダ
ーで録音して聞いてみると、全体が雑音でぬ
りつぶされてしまい、なにを言っているのか
、まるでわからない。
 【3】機械は正直に音をとらえているのだ
が、それではわからない声を話している当人
たちは聞きとっている。必要な音だけを選ん
で、不必要な音をすてて聞きとっていること
がわかる。【4】機械はただ聞いているにす
ぎないが、人間は注意して、大事な音だけを
とらえるからこういう違いが出る。同じ人間
でも、当人ではなく、そばで立ち聞きしてい
る人には、テープレコーダーほどではないに
しても、聞きとれないところがずいぶんある
にちがいない。
 【5】こどもが重い病気にかかって、その
母親がつきっきりで看病している。連日の寝
不足で、母親は、ときどきまどろむ。そんな
とき、台所でものが落ちて大きな音がしても
、母親の目は覚めることはない。【6】とこ
ろが、目の前の病児が、なにか小さな声でう
わごとのようなことでも言うと、母親はハッ
とわれにかえり子供の顔をのぞく。
 【7】看病する母親にとって、台所の物音
など問題ではないか ら、いくら大きな音が
しても、目を覚ましたりはしない。それが気
にかけているこどもだと、ほんの小さな声で
も聞きもらすことがない。【8】心を向けて
いるところにはたいへん鋭敏な神経がはたら
くのである。
 「気をつけ」という号令をかける。これは
、注意力を集中させ、力を発揮するようにと
いうことである。【9】体操などでは「気を
つけ」によって、もっている能力を高めるこ
とができる。ぼんや り、注意散漫にしてい
ては、なにもできない。
 スポーツですばらしい力をだすのは、集中
しているからである。【0】集中が持続でき
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なくて、崩れると、それまででは考えられな
いようなミスが出たりして、試合ならたちま
ち負けてしまう。スポーツで勝つには、何と
しても、始終集中を維持する必要があるので
あ∵る。スポーツの選手はこのことを経験で
よく知っている。集中できないで、強くなっ
たり、試合に勝つことはできない。
 勉強のよくできる生徒が、スポーツでも優
秀な成績をおさめることがあるのは、勉強を
通じて体得した集中力をスポーツでも発揮す
るからである。逆にまた、スポーツで養った
集中力を勉強に生かせば短い時間で効率のよ
い学習ができる。文武両道といわれるのは、
こうした集中力を頭の活動にも、体の活動に
も、うまく使っているケースのことである。
 ところで、この集中力を持続するのはなか
なか容易なことではない。それが可能になる
には、訓練が必要である。
 「陸上競技の四百メートル走で、全部を短
距離のように疾走することは難しい。それで
四百メートルは中距離ということになってい
た。かつてソ連で、これを短距離なみに、始
めから終わりまで全力を出し切って走る方法
を考案、実地に試みて成功した。その結果、
四百メートルは短距離なみに走ることができ
るようになったのである。
 どうして、それが可能になったのか。まず
四百メートルを百メートルずつ四つに区分し
、それぞれを十メートルと九十メートルに分
ける。そして十メートルを全力疾走、九十メ
ートルは力を抜いて走る。これを四回くりか
えすと、四百メートルになる。それに慣れた
ら、二十メートルと八十メートルにして、同
じく全力疾走と力を抜いた走り方をする。次
は、三十メートルと七十メートル、さらに四
十メートルと六十メートルにし、やがて全力
疾走九十メートル、流す走り十メートルにし
、ついには九十九メートル、百メートルの全
力疾走にこぎつける。こうすれば四百メート
ルすべてが、短距離と同じような走り方がで
きるようになる。すこしずつ集中持続をのば
していく方法である。」
 勉強における集中持続も似たような具合に
のばすことができる。
 大体、三十分くらいの集中継続なら、一カ
月もすればできるようになるであろう。欲を
言えば、もうすこしのばして一時間くらいに
∵したい。それができるようになればしめた
ものである。
 集中しているかどうかは、メトロノームの
ような音を出すものをそばにおいてしらべる
。その音が気になるようなら、注意が集中し
てない証拠である。没頭、夢中になれば雑音
など気にならなくな る。
 勉強はどれくらい長い時間、机に向かって
いるかではなく、どれだけ集中しているかに
よって成果がきまってくる。だらだらした長
時間勉強など、そもそも勉強の中に入らない
、と言ってもよいくらいである。

(外山滋比古(とやましげひこ)「ちょっと
した勉強のコツ」よ り)