1. 【1】英語の「コンピュータ」を無理矢理日本語にすると、「電子計算機」ということになるだろう。しかし今どき「コンピュータ」で
単純な計算だけしている人はあまり
居ない。「コンピュータ」とは、計算はもちろんのこと、さまざまな
情報を入れたり出したり
保存したり整理したりするものだ。【2】フランス語の
造語である「
ordinateur」とは、英語の「orderオーダー」と同じく、「命令、指図する」とか「
順序、順番」「整理、
整頓」「注文」といったような意味合いになる。【3】これこそ「コンピュータ」を意味する言葉として
最適ではないか。その
証拠にスペインでも英語の「コンピュータ」という単語は使わず、フランスの「オーディナトゥール」に
似た
綴りの「
ordenador」という単語を使っている。
2. 【4】このように、
現代の日本でも、英語をそのまま
安易にカタカナ語にして使用するのではなく、ちゃんと意味が分かるような日本
独自の
造語を作ればいいのだ。そして外国語の仕入れ先として、米国だけに
頼ってしまっていては
駄目だ。【5】世界中の言葉を見回して、単語の意味を
吟味する。その中で、一番よいと思われる外国語を参考にして日本語の
造語を作るようにしなければならない。
3.
過去に
遡れば、日本でも
明治維新の
頃には外国語に対する日本語の
造語が数多く作られていたのだ。
4. 【6】
政治でも
経済でも学問でも、世界から
遅れをとっていた日本は、
国際化に向けてさまざまな努力をした。その
一環として、まずは外国語を日本語に
変換する作業を始めたのだ。考えに考えて、日本ならではの言葉を作った。【7】その良い例が「
経済」や「
経営」などといった単語だ。これらは日本で作られた単語だが、今では漢字の本場である中国に
逆輸入され、中国でも
普通に使われるようになった。
僕の
専門分野である数学に関する中国での
専門用語も、日本人が考えて作ったものが多いのである。
5. 【8】こうしてざっと調べるだけでも、明治時代には
最先端の
技術や∵科学、医学などが
輸入されると同時に、それに
伴う日本語の考案にも
尽力していたということが分かる。それらの言葉は、決して
安易なカタカナ語のようなものではなかった。【9】だからこそ、当時日本で作られた言葉の大多数が、今の中国でも使われるほどになったのだ。
6. ところがその後、言葉を作る努力を
怠り、ついには完全に
放棄してしまった。
僕が思うには、それは戦前の
頃からだろう。【0】医学の世界ではドイツ語を使うために、医者は「カルテ」や「メス」などという言葉を使うようになった。それが、医学界だけではなく広く
一般に流通し、やがてカタカナ語として定着してしまったのだ。
7. これだけカタカナ語が
氾濫している
現代だからこそ、
明治維新の
頃の日本に
戻り、日本語の大
掃除をすれば面白いと思う。今のカタカナ語の半分でも日本語に作り直す。
定義作業に関しては多くの
専門家などに意見を聞き、
造語の
候補をいくつも出してもらう。その大本として、国語
審議会が大いに働けばよいのである。
8. 日本人の固有の発想で新しく言葉を作る。これはとても
素晴らしいことだと思うのだが、
皆さんはどう思われるだろうか。
9. (ピーター フランクル『美しくて面白い日本語』(
宝島社)より)