長文集  11月2週  ★その広告は(感)  nngu-11-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/09/11 12:09:57
 【1】その広告は、次のシーンで始まる。
 一対の手が、立体的な木製パズルを組み立
てている。その間に、ソフトに調整された男
の声が、最大の『工業社会の問題』または『
ビジネス社会の問題』は、実際には『コミュ
ニケーションの問題』だと説明する。
 【2】ビジネスマンと企業家に朗報あり!
 企業経営の潤滑化の鍵は、効率的で調和の
とれた総合的なコミュニケーション・システ
ムにある! ついにパズルが完成したのだ。
ごらんなさい! なんと、世界最大の企業A
T&T(アメリカン・テレフォン&テレグラ
ム社)の社名ロゴが完成したではないか。
 【3】画面は暗転し、白字のメッセージが
浮かびあがる。
 「このシステムこそ解決策だ」
 そう、天空に星があるのと同じにね。
 このテレビ広告は、しばらくの間、夕方の
全米ニュース番組の合間に流された。【4】
このメッセージは高度に技術的な消費社会に
生きる私たちに向けて、この社会についての
哲学を伝えている。コミュニケーション産業
の自己投影イメージの真髄ともいうべき例 
で、完璧なる管理を理想像および絶対的な善
として提示している。【5】その一方で、こ
の企業は、自社のシステムを使うことで、『
誰かと心を通わせる』ことができると主張す
る。AT&Tのサービスを買うことで家族の
絆は強まり、友情は維持される、と。
 【6】同社のイメージとテレビ広告は、サ
ービスや製品を超え て、世の中を理解する
方法までも売りこもうとしている。その基本
的な前提は、企業中心の工業社会において、
社会秩序のメカニズムを供給するのはコミュ
ニケーション産業ということにある。【7】
効率のよい経営管理を切望するビジネスマン
の懐にせまるコンセプトだ。その一方で現代
の消費社会の孤独で流動的な個人である私た
ちに対し、ますますつかまえどころがなくな
りつつある家庭関係やコミュニティの絆を約
束するのだ。
 【8】AT&Tによって提示されたような
マス・イメージは、覚えやすい言語、信仰の
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システム、共通の感性を叩きこむ回路をつく
りだし現代社会の一部となる意味を私たちに
説明してくれる。【9】それは、品物とサー
ビスの販売と消費で定義づけられた社会、人
間関係∵がしばしば金銭のやりとりで規制さ
れる社会、解決策を見出す必要に迫られれば
すべて金でかたづけることが常識になりつつ
ある社会だ。冒頭の広告に見られるような意
図は、日常のことになった。【0】消費が私
たちの『ウェイ・オブ・ライフ』なのだ。コ
マーシャル・イメージ――広告、パッケージ
、広報活動、映画、テレビなど――は、この
『ウェイ・オブ・ライフ』の強化に重要な役
割を果たしている。(中略)
 マイク・ゴールドの自伝的移民小説『金の
ないユダヤ人』のなかでは、著者の父親が、
文化的な崩壊感を簡潔に表現してアメリカを
「泥棒」よばわりする。最初は慣れ親しんだ
生活を補充するための手段と解釈されていた
賃金労働と時間の切り売りは、じつは新しい
支配の構造であることがじきに暴露された。
賃金は、資本と同じ働きをしなかった。資本
は土地に似通っていた――それを所有するも
のに有利にはたらく富の一形態だった。資本
は、自分で肥えてゆくが、賃金は違った。労
働者がアメリカでかき集めたわずかな金は、
その場で消費されるべき性質のものだった。
後に残りもせず、希望も生みださなかった。
農業や手工業に携わり、消費は禁物だと教え
られてきた人々に、消費は新世界での市民権
の定義づけに必要なものとして提供されたの
だ。
 価値や生存が土地と直結したり、自然の利
用からもたらされた状況下では、大量消費は
自殺行為を意味した。工業国アメリカに移住
してきた農民や手工業の職人にとって、賃金
労働システムはこの基本的な前提の冒とくに
ほかならなかった。自然との官能的な融合か
ら生じたこの前提は、いまや工業生産、市場
開拓、都会生活の泥沼に埋(う)もれつつあ
った。ここでも貯えようとする努力はなされ
たが、賃金を土地と同じように活用しようと
の移民の試みは、むだに終わることが多かっ
た。大量生産工業と発生期にあった消費市場
に特徴づけられた社会において、人間と自然
の分裂は自明の理であり、ウィリアムズ呼ぶ
ところの「『人間による自然の征服』の勝利
者側の論理」が定着していった。

 (スチュアート&エリザベス・イーウェン
著『欲望と消費』)