グミ の山 11 月 1 週 (5)
★日本とはくらべものに(感)   池新  
 【1】日本とはくらべものにならない社会的共通資本の威力をかんじるのは、交通費の安さである。市中の交通は片道百十円のキップで、地下鉄、市電、市バスのどれにも乗りついで目的地までいくことができる。【2】交通費にわずらわされることのない人間の自由な移動が、どれほど大きな生活の安定と平等に寄与していることか。
 老人や学生や障害者には半額パスまたは無料パスが与えられている。【3】私が感激したのは、国鉄の駅に、老婦人と中年の男(おそらくは親子)がひしと抱き合っている大きなポスターがはってあり、「半額パスは、遠くの人びとを近づける」という文字が書いてあったことだ。国鉄を民営分割にして国鉄用地の販売で土地を高騰させた日本。【4】いまでは千円は一日の交通費で飛んでしまう。
 ボンにいたとき、夜中の二時頃、市営バスが三人ほどの乗客をのせて走っているのをみた。わずかの夜勤の人たちのために、公営交通は深夜まで走っているのである。【5】九時すぎると、なくなってしまうバスのため、タクシー乗り場に行列している日本人。電車から降りると、タクシーを奪い合うため、われさきにと、みな走って階段をかけ上りかけ下りる。【6】フライブルクでは、環境キップという回数券が安く売り出されていて、なるべく乗用車に乗らずに公共交通を利用するように計画されていた。【7】ドルトムントの町では、真夜中にもこうこうとした電灯がともり、白衣をきた医師が夜中待機して救急患者に備えているステーションがあった。一枚ガラスを通してみえる白衣の医師の姿は、どんなに市民に安心感を与えていたかしれない。
 【8】西ドイツの労働時間は、製造業で日本より約五百時間短いと一般に言われるが、さらに年間千五百時間労働から千四百時間労働にむけて足並みを揃えつつある。日本は年間二千百五十時間。
 【9】西ドイツの労働者が労働時間短縮の運動をしていたときのスローガンのひとつは、「私たちに家庭の団らんと、地域社会と政治に参加する時間を与えよ」だった。勤労者はせいぜい片道二十分から三十分で帰宅できるので、一日の中に、労働と文化生活と家族の団らんの三つのことが並行して行われるゆとりがあるのだ。【0】

 (暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさとは何か』より)