長文 10.1週
1. 【1】孔子こうしは、日常生活のこまごまとしたことをよく知っていた。それを見た弟子が感心すると、孔子こうしは、自分は貧しかったから何でも自分の手でやらなければならなかったのだと言った。政治改革を目指した孔子こうしは、結局政治の分野では大きな業績を上げることができなかったが、子弟教育の分野で後世に残る足跡あしあとを残した。【2】それも、孔子こうしがバランスのとれたゼネラリストとしての力を持っていたからだろう。しかし、今日、そのようなゼネラリストが日本の社会にいるかというと心もとない。ゼネラリスト不在の社会というのが、今日の日本の問題だ。
2. 【3】では、その原因はどこにあるのだろうか。第一に考えられるのは、現代の社会が孔子こうしの時代に比べて、社会制度の面でも、科学技術の面でも、巨大きょだい化、複雑化が増していることである。そのため、一人の人間が全体を幅広くはばひろ 把握はあくすることがきわめて難しくなっている。【4】例えば、原子力発電所の事故があったときに、いろいろな専門家がそれぞれの立場から意見を述べたが、それらをまとめるゼネラリストの役割を担う人はほとんどいなかった。あとから次々と指摘してきされたずさんな管理の仕方を見ると、当初から原発という巨大きょだいなシステムの全体像を見通せる人がいなかったらしいことも明らかになった。【5】巨大きょだい化に対応するだけの広い視野を持つ人がいないまま、細分化された場所で専門家がばらばらに仕事をしていたというのが実態に近かったようだ。
3. ゼネラリスト不在の第二の原因は、社会の安定と成熟に伴いともな 世襲せしゅう化の傾向けいこうが増してきたことが挙げられる。【6】政治の分野では、全くの新人が、地盤じばんや看板や特別の知名度なしに当選することが難しくなっている。更にさら 世襲せしゅうを有利と感じる一種の利権集団が形成され、それが外部からの新規の参入を阻むはば ために、選挙の制度や法律を複雑にしている面もある。【7】世襲せしゅう化の弊害へいがいは、生まれつきその分野しか知らない視野の狭いせま 人材が育ってしまうことにある。政治家という最もゼネラリストの資質が要求される分野で世襲せしゅう化が進めば、その弊害へいがい更にさら 大きいと考えられる。∵
4. 【8】確かに、現代の複雑化した制度や技術を運用できるのは、専門的に養成されたテクノクラートだろう。スペシャリストがそれぞの専門の分野にいるからこそ社会はスムーズに動く。しかし、専門家の横じくが広がるほど、それを縦に統合する強力なゼネラリストが必要になる。【9】「群盲ぐんもう象をなでる」という言葉がある。象を説明するだけであれば、さまざまな専門家が自分の立場から象を解釈かいしゃくしているだけでも問題はない。しかし、象使いが生きた象をコントロールするとき必要なのは、細部の解釈かいしゃくの積み重ねではなく、象という大きな全体像の把握はあくなのである。【0】

5.(言葉の森長文作成委員会 Σ)