長文集  8月2週  ★自己表現の意欲は(感)  nngi2-08-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】自己表現の意欲は、言葉あるいは文
字として表してみて、初めて具体性を帯びる
。自発的にものを考えるようになって、人は
初めて自分の言葉を発する。言葉に対して自
覚的になると言ってもよいでしょう。【2】
言葉なくして、考え、迷い、一念を生じ、邂
逅することはあり得ないのです。
 ところが、このとき間髪を入れず、言葉の
不自由、その障害に突き当たるという事実を
見逃すわけにはゆきませぬ。【3】例えば我
々が平生使っている思想や文学上の用語、精
神とか知性とか主体性とか実存とか、なんで
もいい、その一つ一つを取り上げて、これを
厳密に検討してごらんなさい。一つとして曖
昧ならざるものはな い。【4】各人によっ
てさまざまの解釈や定義やニュアンスを生 
じ、それをまた一つ一つ解釈し定義して行か
ねばならぬといったような、途方もない迷路
に入り込んでしまいます。
 【5】言葉というものは、おそろしく不完
全なものだと悟りま す。実に曖昧です。そ
ういう言葉をさまざまに組み合わせつつ、か
ろうじて自分が言いたいと思っている思想的
イメージに近づいてゆく。【6】それは依然
として不完全ではあるが、この不完全の自覚
が、我々の考える力を更に押し進める原動力
ともなるのです。精神の問題は、幾何学の公
理のように割り切れない。【7】しかし、幾
何学の公理のように、その一つ一つの正確さ
を目ざすことは大切 で、この無限の正確さ
への意志が、言葉を開拓して行くともいえま
しょう。言葉を使用するとは、開拓して行く
ことと同義なのです。そこに精神としての「
自己」が存在するわけです。【8】言葉の不
自由な性質そのものが、言葉の生命だといっ
ていいかもしれませ ぬ。
 言葉のかような性質が、逆に我々をして、
考えさせ、迷わせ、一念を生ぜしめ、邂逅を
促すといってもいい。【9】言葉に翻弄され
る自己を見いだすでありましょう。翻弄に翻
弄を重ねて、さて、その極限に見いだすもの
は何か。我々は、初めて「沈黙」の意義を知
るのです。例えば非常にうれしいとき、悲し
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いとき、感動したり、さまざまに思い惑うと
き、どんな現象が起こるか。言葉を失ってい
る自∵己を見いだすでありましょう。【0】
心の中であれこれと思い巡らしてみるが、さ
て表現となると、どう言っていいかわから 
ぬ。たちまち言葉につまって、沈黙せざるを
得なくなる。恋愛がその端的な例です。恋す
る男女は、恋することによって言葉を失うも
のです。
 かかる時機を、重視しなければなりませぬ
。なぜなら、言葉を失うことは、心の充実を
意味するからであります。言うに言われぬ思
い、そこに人間の真実がある。しかし、あえ
て表現しなければならぬ。その苦しさにおい
て、我々は言葉の障害と格闘し、開拓し、換
言すれば精神は自己を形成しようとしてもが
くわけで、言葉の困難の自覚が、そのまま人
間生成の陣痛ともなるわけです。
 こう考えるなら、自分の言葉を持つという
ことが、いかに至難か明白でありましょう。
我々はつい有り合わせの言葉を用います。世
間一般が用いたり、その時々の流行語となっ
ている言葉を、無批判に使用します。どんな
結果が生ずるか、申すまでもありますまい。
精神はここに感化されることによって死に瀕
するのであります。
 自分の言葉を持つということは自分が生ま
れるということです。「はじめに言葉ありき
。」という一句が聖書にありますが、私はこ
こでいちおう聖書から離れて、人間生成の一
条件として考えてみます。初めて発した自己
コユウの言葉は、その人の生命のあけぼので
あるということを。「生命は力なり。力は声
なり。声は言葉なり。新しき言葉はすなわち
新しき生涯なり。」──これは若き島崎藤村
(しまざきとうそん)が、その最初の詩集に
記した序文の一節で す。自分の言葉を持つ
こと、すなわち自分の生涯の始まりなのであ
ります。
 そうあるためには、私がさきに述べた「沈
黙」を重視し、これに耐えねばなりませぬ。
この沈黙とは、正確さへの意志と言ってもよ
い。沈黙は意志の強さの尺度であります。多
くの沈黙に耐えた人の言葉ほど美しい。言葉
の芸術である文学は、根本においてこれを目
ざすものなのであります。多くの言葉を重ね
ながら、結局言うに言われぬ思いという沈黙
を創造し、ここに恨みを宿すものなのであり
ます。
──亀井勝一郎「人間生成」──