長文集  7月4週  ○「新しさ」が  nngi2-07-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2011/05/23 18:42:02
 【1】「新しさ」がマイナス価値であった
時代があった。新しさは奇を衒うもの、良き
古き伝統を破壊するものだとして忌避された
のである。思想の面で新しいアイディアを提
出するものは非難と告発を免れがたかった。
【2】新しい思想家はどこでもいつでも、弾
圧されたし、排除されたりしたものである。
政治の場面でも、現存秩序を批判し、のりこ
えようとする運動は、いつでも新しい運動で
あったが、これも破壊的なものとして可能な
かぎり抑圧される。
 【3】いつの時代でも、どんな社会におい
ても、古さの方が価値的にプラスであって、
新しさはつねにマイナス価値であった。新し
いものは、古いものとの対決の中ではじめて
エネルギッシュにな り、前進のための生産
力を獲得する。【4】したがって、物質的な
力とも言うべき飛躍力と魅惑的力をもつ新し
さの基本型は、現存秩序の体系または古い価
値体系から脱出する批判的運動であるという
べきであろう。
(中略)
 【5】圧倒的な力をもつモード的・記号的
新しさによって隠されているが、決して消滅
しそうもない批判的新しさもある。それはい
ろいろの形をとって現れるが、何よりも感情
的・情緒的なものが基本であろう。【6】エ
ルンスト・ブロッホが書きとめてくれた「小
さな白昼夢」などはその典型である。小さな
子どもの小さな夢は、憧憬とよぶべきもので
、それはおとぎ話の形をとって未来へとはば
たく。はかなさとこわれやすさを特徴とする
白昼夢は、現在の世界からの前方への脱出願
望である。【7】そこには、世界についての
感情が世界を批判している。このままではい
けない、別の良き世界があるのだと、理性的
でなく情緒的に判断している。情緒・感情は
批判力をもちうる。
 【8】感情や情緒は行為である。それは世
界の中にあって世界を作り変える。まだない
ものを先取りし、この先取りによってすでに
世界の外に出る。外に出ることで今の生活世
界を批判する。【9】いっさいのユートピア
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は、基本的にはこの感情の行為的批判を出発
点とし∵ている。
 前に、過去に埋もれた新しさがあると述べ
た。多くの可能性をもちながら、開花と現実
化の条件を与えられないままに、歴史のほこ
りの堆積の下に埋もれた新しきものがある。
【0】私たちは、願望夢のように前に眼を向
けるばかりでなく、しばしばそれ以上に過去
に眼を向ける。なぜ過去に眼を向けるのか。
あるいはプロスペクティヴとレトロスペクテ
ィブとは互いに無縁なのであろうか。過去へ
ふり向けられるレトロの眼は、単なる懐古趣
味であってはならな い。現在を永遠化し、
その立場から過去をふりかえる眼は、保守的
なレトロスペクティヴである。現在に安住し
、過去を高見から眺めるのは、過去をダシに
して現在を栄光化する態度だ。こういうレト
ロの眼はモードの眼である。記号は新しさの
発掘源としてのみ過去を見る眼である。
 そうではなくて、過去の中に開花を待ちつ
つひそむ問題を探求することこそ、新しさの
探求である。かつてワルター・ベンヤミン 
は、目ざめを待つ新しきものについて語った
。可能的新しさを目ざめさせる眼こそ、真の
レトロスペクティヴであり、それが同時にプ
ロスペクティヴになる。レトロスペクティヴ
とプロスペクティヴとの有機的な連関を自覚
的に行うことは、歴史学や歴史哲学の仕事で
ある。これは、もはや現在の固定化でも栄光
化でもなくて、現在を前へと超えていく作業
である。過去の中で目ざめを待つ新しさは、
未来において甦る新しさである。どれほど過
去を調べてもこの新しさがなくなることはな
い。過去には無尽蔵の新しさがある。
 時間的最先端が新しいというのは、近代歴
史意識の虚妄であろ う。時間と歴史に病的
なまでに固執する現代の歴史感覚をひっくり
返さなくてはならない。最も古い層のなかに
目ざめを待つ根源的新しさがあるという逆説
的立場――これがベンヤミンの独創性である
――は、近代という大いなる時代の本質を突
く。新しさの考察は、こうして、近代性への
根本的反省へと通じていくであろう。

(今村仁司『精神の政治学』による)