a 長文 1.1週 nnge2
 約四万年前、クロマニヨン人などの新人が現れ、約一万年前まで棲息せいそくしたが、生活の仕方そのものは、ネアンデルタール人などの旧人と大差ない状態が持続した。つまり人類が誕生した約一七〇万年前から約一万年前に至るまでの間、人類はほぼ同じ形態で生活し続けてきたわけで、この時代にすでに獲得かくとくしていた形態・能力・性向こそが、今もなお人類であるための基本条件だとしなければならない。
 その後人類は、紀元前三〇〇〇年ごろから各地に文明を生み出し始める。文明とは人間がより豊かに、より安全に生活するための、富の生産と消費のシステムである。文明を成立させる要素としては、金属器の使用、文字の使用、都市の建設、階級制度などが挙げられる。人類の文明はその後も発展し続けるが、一八世紀後半にイギリスで開始され、一九世紀前半に西ヨーロッパやアメリカに広がった産業革命は、文明のレベルを飛躍ひやく的に向上させた。自然科学と科学技術の発達、工場と動力機械による工業生産の発展、自然科学や科学技術の発達を支える学校教育制度、資本主義的経済システム、市場と輸送路を確保するための強力な軍事力、議会制度に基づく政治体制、法による支配などが、西欧せいおう近代文明を構成する要素であり、これが地球上に存在する唯一ゆいいつの文明である。西欧せいおう近代文明が生み出した軍事力は圧倒的あっとうてきに強大で、他のいかなる文明も全く対抗たいこうできなかったからである。
 この西欧せいおう近代文明は、二度の大戦を経てますます高度に発展し、現代文明を形づくっている。我々はこの現代文明のかさの下に身を置くことによって、より豊かでより安全な生活を享受きょうじゅしている。これは史上最強の捕食ほしょく者としての人類が、人類の都合にのみ合わせて作り上げたシステムである。もし環境かんきょう問題の中心に人類を据えす 、現代文明のシステムを一日でも永く持続させるのが、環境かんきょう対策の目標であると再確認できるのであれば、我々はそれが現代の人類の利益のみを計る利己的運動であることをも、徹底てっていして再確認すべきであろう。
 ある生物種が突出とっしゅつして繁栄はんえいすれば、そのあおりを受けて他の
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生物種が片隅かたすみに追いやられる事態は、過去に幾度いくどとなく繰り返さく かえ れてきたことである。もし先ほどの再確認が合意されるのであれば、たまたま現代の人類も、この時代において最も効率的なエネルギー摂取せっしゅのシステムを作り上げ、最強の捕食ほしょく者として食物連鎖れんさの頂点に君臨しているのであり、過去に繁栄はんえいした動物の通例に倣っなら ているだけだ、何か悪いのかと開き直る論理も成立する余地があろう。
 環境かんきょうの中心から人類をはずしてしまえば、そもそも環境かんきょう対策など存在しないことになろう。環境かんきょうの中心に人類を据えるす  のであれば、所詮しょせんそれは最強の捕食ほしょく者たる人類の繁栄はんえいを一日でも永く持続させたいと願う、人類本位の利己的発想なのだということを徹底的てっていてきに自覚すべきであろう。もし、現代文明がもたらす恩恵おんけい享受きょうじゅしたいが、自然の生態系も保全したいと望むのであれば、「待ってはいられない、おれたちが悪いのだ」と叫んさけ で、いささかの気休めとするしか道はないであろう。

(浅野裕一ゆういち「動物としての人間」による。)
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a 長文 1.2週 nnge2
 いつの時代でも、大人は子どもに対して、常に教育的関係を取り結んできている。先行世代が獲得かくとくした生活の技術を、後続世代に伝えることを怠るおこた なら、その種族は自然や他種族との厳しい戦いを戦い抜くぬ ことが出来ないからである。動物を狩りか 魚介類ぎょかいるいを漁り、作物を育てるなど、すべて与えあた られた環境かんきょうのなかでよく生き抜くい ぬ ための知恵ちえであり、そのための技術に他ならない。子どもたちは、大人とともにそれらの営みに参加することを通じて、それぞれの知識と技術を身につけ、成長とともにそれらに習熟して、生存に事欠かぬだけの知識・技術の持ち主であると認められたとき、一人前のしるし付与ふよされるのが常であった。
 したがって、教育の成果とは、一人前になれるか否かで決まる。仮にそれぞれの技に優劣ゆうれつがあろうとも、その序列化にまして「一人前としての自立権の獲得かくとく」にこそ重きがおかれた。子どもたちは、自身の属する種の一員として生き抜くい ぬ ために、要求される技のあれこれを最低限度は獲得かくとくせねばならない。それが、やすやすと取得された巧みたく な技であろうとも、また、ようやく身につけられた拙いつたな 技術であったにせよ、最低基準を満たしてしまえばそれでよい。つまりは、一種の資格試験であり、その最低ラインに到達とうたつするか否かは本人の努力次第ということになる。
 たとえば、一人前のしるしとして、単独で一定期間内に、ある広さの畑を耕すという課題が与えあた られているとする。その場合、達者な農作業のうでを発揮して短時間で成し遂げよな と  うとも、あるいは、夜を徹してっ て働いてやっとぎりぎりに期限に間に合ったにせよ、課題が達成されていれば同等に扱わあつか れて、一人前の資格を与えあた てもらえる。したがって、他者と比較ひかくしての技の巧拙こうせつ敏速びんそくさは、とりたてて問題とされず、結果として、教える側の大人の、教授者としての巧拙こうせつも、さほど問題とはなり得なかったのである。
 しかし、文字文化の興隆こうりゅうによって「教師」という社会的身分が用意されると、文字を獲得かくとくした大人が単に既得きとくの技を伝えるだけ
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の役割を越えこ 、「教師」には、いかに巧みたく にいかに効率的に、未習得者にその技を伝え得るかが問われるようになる。つまり、教授の仕方の巧拙こうせつが問題とされるのである。その結果、巧みたく に教える者が、「よき教師」として評価され、それなりの地位と財力を確保し得るのは当然であろう。「教師」あるいは「学者」という、知識を売る商売の発生である。文字とその学習が身分と財力をもたらすとなれば、それは、おのずから、学ぶ者たちの上に新手の抑圧よくあつを用意する。よき学習者、すなわち、懸命けんめい励んはげ で他者を凌駕りょうがすることが、将来の地位や富を左右するとして、彼らかれ の現在の自由を束縛そくばくし始めたのであった。勉強時代の到来とうらいは、子どもたちを、文字による権力志向へと追い立て、「文字文化」という新しい抑圧よくあつ機構のなかに組み込んく こ だのである。
 文字文化がもたらした権力の構図は、教える大人を絶対の地位に置いた。文字は、字体にせよ文法にせよ、一定の規範きはんに従った文化であり、その規範きはんは一度獲得かくとくすれば生涯しょうがいにわたって有効に機能する。短期間に、全面的改定がなされて、既得きとくのものが通用しなくなる、などということはないのである。したがって、先に文字を身につけた大人は、後から学ぶ子どもに対して、常に、その優位性を誇るほこ ことが出来る。「教師」「学者」などと呼ばれる専門家に至っては、その権威けんいはゆるぎようもない。文字文化がもたらしたのは、こうした大人―子ども間の権力関係であった。
 しかし、文字文化の絶対性が薄れうす 、新しいメディアが興隆こうりゅうしたことで、こうした子ども―大人関係は更改こうかい、もしくは逆転のときを迎えむか ている。「子どもが分からない」という嘆声たんせいは、この関係の変化を十分認識し得ぬ大人世代の繰り言く ごととも言えよう。しかも、この潮流は、ベビーブーム世代が漫画まんがに熱中し、漫画まんが文化に市民権を与えあた たとき、そして、先行する文字世代がその勢いを阻みはば 得なかったとき、すでに、今日に向かって流れ始めていたのであった。

(本田和子『変貌へんぼうする子ども世界』による)
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a 長文 1.3週 nnge2
 ぼくの身体でぼくがじかに見たり触れふ たりして確認できるのは、つねにその断片でしかないとすると、このぼくの身体って離れはな て見ればこんなふうに見えるんだろうな……という想像のなかでしか、ぼくの身体はその全体像をあらわさないと言っていいはずだ。つまり、ぼくの身体とはぼくが想像するもの、つまり「像」でしかありえないことになる。言いかえると、見るにしろ、触れるふ  にしろ、ぼくらはじぶんの身体に関してはつねに部分的な経験しか可能ではないので、そういうばらばらの身体知覚は、ある一つの想像的な「身体像」を繋ぎつな 目としてたがいにパッチワークのように繋がつな れることではじめて、あるまとまった身体として了解りょうかいされるのだということだ。ぼくらが着る最初の服は、この意味で、「像」としてのからだの全体像なのだ。そして、身体はその意味で想像の産物、解釈かいしゃくの産物でしかないからこそ、もろいもの、こわれやすいものなのだ。
 だから、他人に怪訝けげんそうな表情で全身嘗めるな  ように見回されるだけで、じぶんの抱いいだ ている身体像はとたんに揺らいゆ  でしまう。あるいは、異性の服装をするよう強制されるだけで、たちまちそういう自己解釈かいしゃくによって成り立っているじぶんの同一性は危うくなる。
 そこでひとは、こうした「像」としての身体のもろさを補強するために、いろんな手段を編みだすことになる。つまり、「わたし」というものの存在の輪郭りんかくを補強することで、じぶんのもろい存在が醸すかも 不安をしずめようとする。そのために、たとえば皮膚ひふ感覚を活性化することで、見えない身体の輪郭りんかく浮き彫りう ぼ にしようとする。熱い湯に浸かっつ  たり、冷水のシャワーを浴びたり、日光浴したり、スポーツであせをかいたりする。あるいは、他人と身体を接触せっしょくさせたりする、あぐらを組む父親のふところに入る、異性と身体をふれあう……。
 なぜこういう行為こういが心地よいかというと、たとえばお風呂ふろに入ったりシャワーを浴びたりすると、湯や水と皮膚ひふとの温度差によって皮膚ひふ刺激しげきされ、皮膚ひふ感覚が覚醒かくせいさせられる。ふだん見えない背中
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太股ふとももの裏の存在が、その表面のところでくっきり浮かび上がっう  あ  てくる。視覚的には直接感覚することのできない身体の輪郭りんかくが、皮膚ひふ感覚というかたちでくっきりしてくるのだ。お父さんのひざのあいだに座ってもたれたときに背中で感じる温かいかべのような感触かんしょくにひたって安心するというのも、心理的以外にこういう理由もあるのだろう。激しい運動をして筋肉がこったり、あせをかいてはだがひんやりするのも、他人の手で身体をなでられるのも、お酒を呑むの と血が皮膚ひふの裏側ぎりぎりのところにまで押し寄せお よ てくるような感覚があるのも、みな、身体のおぼろげなイメージ、たよりないイメージを補強する効果をもっているのだろう。それらがひとの存在に確かな囲いを与えあた てくれるのだ。
 服についても同じことが言える。服を着ると、身体を動かすたびに皮膚ひふが布地に擦れるす  。身体の動きとともに、身体表面のそこかしこで身体と衣料との接触せっしょくが起こるのだ。その接触せっしょく感が、ふだんはじかには見えない身体のあやふやな輪郭りんかくを、くっきりと浮き立たう た せてくれるのだ。こういう感覚が、存在のベーシック・トーンとでもいうべきものとなって、ぼくらの気分をあるていど安定させているのだろう。
 ところで、「わたし」の輪郭りんかくを補強するには、皮膚ひふ感覚を使うこのようなフィジカルな方法のほかに、もう一つ別の方法がある。これまで、ぼくらの身体というものはイメージとしてしかとらえられないもの、つまり想像や解釈かいしゃくの対象でしかありえないということをみてきたのだけれど、そういうイメージとしてのじぶんの存在を、社会的な「意味」で何重にも包装し、強化していく方法だ。身体の表面にさまざまの意味を発生させ、増殖ぞうしょくさせることで、じぶんがだれかという、そういう意味づけをもっと細かく、そしてもっと多様なしかたで与えあた ていくということ、要するに、じぶんの性別、あるいは性格、職業、ライフスタイルなどを、眼に見えるかたちで表現していくというやりかただ。

鷲田わしだ清一の文による。一部改変)
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a 長文 1.4週 nnge2
 ベルクソンの記憶きおく論に戻っもど ていえば、かれは、こう言っている。記憶きおくには二つの種類のものがある。一つは身体運動の反復によって得られる「習慣的記憶きおく」であり、この場合には経験は表象されない。もう一つは、自発的な「純粋じゅんすい記憶きおく」であり、この場合には、精神が過去を表象として想起する。このように習慣的記憶きおく純粋じゅんすい記憶きおくとを分類した場合に、後者を機器に委ねることは不可能であろう。想起的な純粋じゅんすい記憶きおくは、思い出されるのは個々の事物であっても、イメージ的全体としての世界にかかわっているからである。
 基本的にベルクソンのこの想起的記憶きおくの考え方にのっとりつつ、思い出の持つ意味をいっそう鮮やかあざ  に示しているものに、小林秀雄ひでおの次のことばがある。「思ひ出が、ぼく等を一種の動物である事から救ふのだ。記憶きおくするだけではいけないのだらう。思ひ出さなくてはいけないのだらう。多くの歴史家が、一種の動物に止まるのは、頭を記憶きおく一杯いっぱいにしてゐるので、心を虚しくむな  して思ひ出す事ができないからではあるまいか。/上手に思ひ出す事は非常に難しい。」(「無常といふ事」)
 ここには、思い出が精神的な純粋じゅんすい記憶きおくとして、動物的・機械的な記憶きおくと対比されて鋭くするど とらえられている。ベルクソンの純粋じゅんすい記憶きおくもそうなのだが、これらの場合、想起的記憶きおくだけが精神の記憶きおくとされ、そこから身体的なものはまったく排除はいじょされている。が、想起的記憶きおくはまったく身体から切り離せるき はな  ものであろうか。いうまでもなく、人間は心身の高次の統合体であり、いまや人間において、精神とは、活動する身体のことだと見なされている。そして、記憶きおくが担うイメージ的な表象は、つまりは、身体的なものを基盤きばんとした感性的なものだからである。
 記憶きおくの働きは近代の知から排除はいじょされたが、それには、それなりの理由があった。それまでの歴史の拘束こうそくや重圧から逃れのが 、共同体から個人が独立するためには、どうしても過去との繋がりつな  を断ち切る
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必要があった。そのとき新しく要請ようせいされたのが、デカルト的な意味での「方法」であった。方法とは、記憶きおくや習慣によらずにわれわれを真理に導くものでなければならなかった。「方法」をそのように位置づけるヒントを私が得たのは、フランシス・A・イエイツの『記憶きおく術』(一九六六年)からである。
 イエイツはデカルト的な意味での「方法」について立ち入って述べてはいないが、面白いのは、デカルト自身が「記憶きおく力」の弱さをたいへん気にしていたことである。かれは「私はつねに、他の何人かと同じように、豊かで、なんでもすぐに思い出せる記憶きおく力を持ちたいものだと願った」、と『方法序説』の初めのところで書いている。デカルトはそのため、「記憶きおく術」に代わって、確実な前提から出発し、論理的な連鎖れんさによって物事をその原因から演繹えんえき的にとらえていく「方法」を打ち立てたのである。「方法とは習慣の反対物である」とG・バシュラールも『適用された合理論』(一九四八年)のなかで述べている。
 だからこそ、「方法」は科学的思考や科学に基づくテクノロジーと結びつくのである。その意味で、近代とは、まさしく「方法の時代」であった。ところが、P・ヴァレリーのいう「方法的制覇せいは」が進み、貫徹かんてつして、自然的・文化的環境かんきょう破壊はかいしたため、人びとは自己の存立基盤きばん喪失そうしつを痛切に感じるようになった。そのため、生存の基盤きばんと密接に結びついた記憶きおくの問題をもう一度考え直さざるを得なくなったのである。

(中村雄二郎ゆうじろう記憶きおく」による)
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a 長文 2.1週 nnge2
 しかし、ここで面白いのは「やりたいこと」とか「好きなこと」といっていても、それをいう自我主体に多少とも疑いを抱きいだ 始めているということである。本当は何が好きなのか、何をやりたいかわからないから、肉体的「行動」を、ともかくもおこし、そこで味わえるはずの未知の経験から得られるであろう感覚、感情に身をゆだねようということになるのである。これはまあ、いわばよく解釈かいしゃくした場合ではあるが、そして今の若ものたちの流行のなかには、すべてとはいわないまでもこういう要素がふくまれていると見てよいだろう。ところがこの方向をまともにやって行こうとするなら、これはいわばニヒリズムを方法として用いるということであるから、かなりの精神的緊張きんちょうを必要とする。何が好きかわからない、何をやりたいかつかめないという状態を肯定こうていせず、むしろ否定的にとらえ、本当に好きなものを発見するという態度のなかでの、実験的一方法が、行動による偶然ぐうぜんを通じての自己発見というものだろうから。
 しかし、何が好きかわからないためにやむを得ずする行動を「好き」といってしまっては、短絡たんらくという以外いいようがない。これでは、「社会心理学」などでいう、集団的な反社会的行動への逃避とうひなどといわれてしまってもしかたない。
 また、たとえばサーフィン。これはやれば面白いだろうと思う。ゴルフだってやれば面白いだろうが、すこし違うちが かもしれない。両方やったことがないのだから、無責任な話だが、しかし板を手で持つ波乗りぐらいはしたことがある。波という自然の大きな、しかしじつに微妙びみょうなリズムに、己れの肉体のリズムがぴったり合一した時の快感、これにつきるのだと思う。ボートのエイトならエイトで、八人の漕ぎこ 手のオールさばきが、見事に水をとらえて、ふねと漕ぎこ 手と水との不思議な一体感のなかで陶酔とうすいする時、もっともスピードが出ている(これは体験だ)ということと似ていると思う。官能の喜びではある。この直接的な官能性はこたえられないということはあるだろう。サーフィンが流行る根底にはこれがあるわけだが、実際に流行るプロセスでは、その体験は一種の神話的雰囲気ふんいきというわくと化してしまっている。波の来ない海岸にサーファーが集まり、それどころか、シティ・サーファーとかいう始めか
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ら海岸に行く気はないのに、車の天井てんじょうにサーフ・ボードを乗せ、顔には日焼けクリーム(日焼け除けではない)を茶色に塗るぬ という流行は一体何なのであろうか。ここに軽薄けいはくな心理を見出すことはたやすい。わたしはここにむしろ軽いシニシズムがあると思う。官能の体験は淡いあわ 神話と化してそれにこの半分腐っくさ たような傲慢ごうまんで半ちくな自己韜晦とうかいとが結びついて、今日の「流行」の原型をみせているのである。

(小野二郎じろうの文章による)
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a 長文 2.2週 nnge2
 ヨーロッパのコトバでは、いずれも、「風景」を意味するコトバは「土地」「地域」を意味するコトバから第二次的に出来てきたわけで、ドイツ語では、Landは土地・田舎・地方・国土を意味していまして、それから出来たラントシャフト(Landschaft)という語は、地方行政区域のこと、つまり州とか地方県とかを意味します。それがどうして、そのままに同時に「風景」を意味するようになったのか。まことに不思議なこととも言うべきです。とにかくこのように、風景の場所性といいますか、風土性といいますか、地域に根ざすものを色濃くいろこ 反映したものになっているわけです。
 そして、考えてみれば当然のことであるわけですけれども、「土地」すなわち、それぞれの個性的な「場所」を離れはな て風景は存在しえない。土地の地形、風物その他一切のもの、川とか森とか、山とかおかとか平野とか、雲とか、そういう一切のものの全体がつくりだしている姿・形の場所的特徴とくちょう、これが風景であるわけでしょう。ですから西洋の言語において風景概念がいねんが、「地域・地方・土地」がそのまま「風景」となっている。すなわち「場所」としてのラントシャフトとして成立している。このことは考えてみますと、誠に自然でもあり、風景の本筋をいくものだ、とも言えましょう。
 そして、このような西洋語の風景の意味形成の方向性、特徴とくちょうを、さきほど述べましたような、日本語における「風景」概念がいねん含意がんいのもっている方向性、特徴とくちょう比較ひかくしてみますと、大変興味深いこと、そればかりか大変重要な一つの点が浮かび上がっう  あ  てまいります。といいますのは、日本語の風景概念がいねん含意がんいの方向性やその特徴とくちょうが「風景」にしても「景観」にしても主として主観性を示している。あるいは主情性に溢れあふ ているのに対しまして、西洋語のそれは、対象性、客観性そして場所性を示している、ということが言えると思うからです。日本のばあいには、対象についての主観的な感じ方、感情性、自分中心の好みや感じ方の方面が主として表現されているのに、西洋のばあいには主我性、主観性から一応自由に、外界にある土地について、その地理的空間性、風土生活環境かんきょうの場所性(トポス性)と形状性(ゲシュタルト)、それらの特徴とくちょうが「風景」だと認識されている、ということです。
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 このように見てまいりますと、さきほど私が考察いたしました中に、日本語の「風景」という語には、風情、情景の「情」(心情)が隠さかく れている、あるいは含まふく れている、ということを言ったのですけれども、この「情」(心情)は、客観的な対象世界(自然)の姿・形とその美しさを、自然の生きた心として、つまりは風景の心として感ずる(印象体験する)という点の情(心)であるよりは、むしろ、自分の主観の側の身勝手な感情の流れ、つまり四季の移ろい、時の流れ、時間性を感ずるあの感情の方に重点があるとみてよいと思えるのです。日本の詩歌に表われている美意識のトーンの主要な特徴とくちょうが、自然の対象に即しそく た表現であるよりは、むしろ四季の移ろい、時の流れのあわれさ、その時間性の主観的体験の表現という特徴とくちょうを示していることと、このことは一致いっちしてくると思います。
 これに対しまして、西洋のランドスケープ、ラントシャフトの方は、「対象としての自然」の「地域」に即しそく た姿・形、その美を、その「場所性」において、つまりは空間性の生ける現象としてとらえる所において成り立っていると言えるでしょう。
 このことは西洋の場合、対象としての自然に内在している生命・美というものを大切に思う心、つまり生きた自然の心を大切にする心が育ってくることを暗示しているのです。

(内田芳明よしあき『風景とは何か』)
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a 長文 2.3週 nnge2
 デカルトが述べたことで、もう一つ、科学の発展にとって非常に重要だったことは、世界の真実の状態と、われわれが五感で認識する世界の状態とは、必ずしも同じものではないかもしれないという指摘してきにある。私たちは、地面の上に空が広がり、空は青くリンゴは赤いと認識するが、そうやって私たちが認識する通りのものが、まさに世界の物質の実体であるとは限らない、とかれ指摘してきした。
 このことも、デカルト以前の時代には、はっきりと認識されてはいなかった。物体が落ちるのは、まさに「上から下」に向かって落ちるのであり、色には、私たちがみるとおりの「赤」なら「赤」の本質というものがあると思われていたのである。
 事実は、万有引力の法則によって、物体が互いにたが  引き合うのであり、「上から下」へは、たまたま地球が非常に大きいために、地上のものはみな地表に引きつけられるから起こることである。色も、じつはいろいろな波長の電磁波であり、私たちの網膜もうまく細胞さいぼう喚起かんきされるインパルスの違いちが が異なる色として認識されるだけである。
 これは、デカルトのたいへんな慧眼けいがんであったと私は思う。人間は、なかなか、自分自身にとっての現実から逃れのが られないものだ。自分の実感と世界の真の姿との間に、なんらかのずれがあるかもしれないなどと気づくのは、なみたいていのことではないだろう。
 しかし、そこでつぎにまた疑問がわく。私たちの世界の認識は、世界の真の姿とは関係がなく、なんら特別な根拠こんきょのない把握はあくの仕方なのだろうか。それとも、まったく同じものを把握はあくしているのではないとしても、私たちの世界の認識は、なんらかの形で真実と対応した認識の一形態なのだろうか。つまり、私たちの世界の認識の仕方は、まったく無作為むさくい、任意の、たまたま偶発ぐうはつ的になされる勝手なものなのか、それとも、なんらかの真実との対応をもっているものなのか、ということである。
 これは、科学的知識の確かさについての、昔からの議論の題材である。さらに、最近のポストモダンの相対主義者ならば、科学も、ある個人の世界の認識も、すべては、単に一つの見方、勝手な構築にすぎないというのだろう。
 しかし、私はそうは思わない。私たちが世界をどのように認知するかは、私たちという生物種が、ある特定の生態学的位置の中で
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生存していく上で、役に立つような仕方に作られているはずだ。私たちは、空を飛ばずに地上を歩く生物なので、三次元的なアクロバティックな運動や感覚には優れていない。一方、昼間に活動する生物なので、色や明暗の認識には長けている。その意味では、私たちの感覚世界は制限を受けている。しかし、私たちの認識は、確かに、世界の真実の一部と対応している。
 ミミズは私たちとは大いに異なる生活様式をもっているから、私たちとは大いに異なる世界の認識をしているだろう。ミミズの認識する世界を、私たちは実感することはできないだろうが、ミミズの認識も、世界の真実の一部に対応しているはずだ。
 このあたりの認識世界のようすは、それぞれの生物の進化の道筋によって形成されているはずである。デカルトがダーウィンと話す機会があったとしたら、非常におもしろい会話が発展したことだろう。

(長谷川眞理子まりこ『科学の目 科学のこころ』より)
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a 長文 2.4週 nnge2
 「書物」とはいったい何だろうか! それを評価するとか、読むとかいうことは何を意味するのだろうか? それを売るとか買うとかいうことになるのは、何だろうか?
 これらの問いに、もっとも近づきやすいのは、「書物」を人間からもっとも遠くにある観念の「人間」とみなすことである。
 わたしたちはだれでも、子どものころは親とか兄弟とか友人とか教師から、知識や判断力や書物にたいする習慣的な位置のとり方を習いおぼえる。そして青年期に足を踏みこむふ   と、しだいに親や兄弟や教師たちを、教え手としては物足りなく思いはじめ、離反りはんするようになる。これは個人にとっては「乳離れちばな 」とおなじで必然的なものである。
 しかし、わたしたちはだれもここで錯覚さっかくした経験をもっている。親や兄弟や教師などはくだらない存在であり、自分はかれらより優れてしまったし、かれらより純粋じゅんすいであるし、かれらから学ぶものはなにもないというように思いはじめる。こういう思い込みおも こ が真実でありうるのは、半分くらいである。あとの半分では、青年期に達したとき、わたしたちは眼の前に何を与えあた られてもくだらないし、何にたいしても否定したいという衝動しょうどうをもつようになる。
 これは、自己にたいする不満の投射された病いにすぎない。つまりだれもかれを満足させるものではなく、何を与えあた ても否定的であることの一半の原因は、対象の側にはなく自己の側にあるだけである。
 この時期に、わたしたちは、じぶんを充たしみ  てくれるものとして、「書物」をもとめる。「書物」は周囲で眼に触れるふ  事柄ことがらや人間にすべて不満である時期に、いわば、「肉体」をもたない「親」や「兄弟」や「教師」の代理物としてあらわれる。
 ほんとうは「書物」は、身近にいる「親」や「兄弟」や「教師」などよりつまらないものであるかもしれない。しかしわたしたちは青年期に足を踏みこんふ   だとき、「書物」には肉体や性癖せいへきや生々しい触感しょっかんがなく、ただの「印刷物」であるということだけで、不満や否定から控除こうじょするのだといってよい。
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 そこで「書物」は、身近にいる「親」や「兄弟」や「教師」などより格段に優れた「親」や「兄弟」や「教師」に思われてくる。つまり、遠くの存在だというだけで苛立たいらだ しい否定の対象から免れるまぬか  のだ。
 しかし、青年期にはいったときわたしたちは、さらに錯覚さっかくする。こういう優れた「書物」を書いた著者は、人格も識見もじぶんの知っている「親」や「兄弟」や「教師」などより格段に優れており、平凡へいぼんな肉親や教師たちとちがった特異な生活をしているにちがいない、ぜひ一度会って、できるならばその生活ぶりも知りたいものだというように。
 しかし、かれが実際に訪れてみると、その「書物」の著者は、すくなくとも見掛けみか たところ、ごく普通ふつうの生活をやっている平凡へいぼんな人物にすぎない。じぶんの「親」や「兄弟」や「教師」とおなじように、子どもを叱りしか とばしたり、女房にょうぼう喧嘩けんかをしたり、くだらぬお説教のひとつも喋言しゃべるありふれた人物である。

吉本よしもと隆明たかあき『読書の方法』より)
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 社会の仕組みの正しさ(倫理りんり性)に関して多くの異なる理論が存在しているが、それらに共通していることは、各理論がそれぞれ重要とみなす何事かについては平等を要求する、という特徴とくちょうである。なぜそうなのか? 社会的なことがらに関する倫理りんり的な根拠こんきょ妥当だとう性をもつためには、決定的に重要とみなされるレベルで、社会のすべての構成員に対して基本的に平等な配慮はいりょがなされている必要がある。もしそのような平等性がなければ、その理論は恣意しい的に差別を行っていることになり、正当化されがたい。理論というものは、多くの点で不平等を受け入れ、さらに不平等を要求することもありうる。しかし、そのような不平等が正当化されるためには、本質的なところですべての人々に平等な配慮はいりょがなされていなければならない。また、その配慮はいりょが究極において不平等と関連していることを示す必要がある。
 おそらくは、このような特徴とくちょうから、倫理りんり的な根拠こんきょが第三者からみて、潜在せんざい的にはすべての他者からみて、信頼しんらいにたるものでなければならないという要件が必要になってくる。とくに社会の仕組みに関する倫理りんり的な根拠こんきょについては、そういえる。「なぜこのシステムなのか」という問いに対する答は、そのシステムに属するすべての人々に与えあた られなければならない。
 「自分の行動を正当化するためには、他の人々が理性では拒否きょひできないことを根拠こんきょとすべきである」と、トーマス・スキャンロンは主張する。人の行動にとって、このような要件が妥当だとうであり説得力をもつと、かれ分析ぶんせきしている。ロールズは「公正」という要件を基礎きそにして正義論を展開している。それは、人が理性的に拒否きょひできるもの、あるいは拒否きょひできないものとは何かを決定する枠組わくぐみを提供しているとみなすことができる。同様に、より一般いっぱん的な「公平さ」という要件が主張されることもある。その場合にも、基本的に平等な配慮はいりょをするという特徴とくちょうがともなってくる。このような一般いっぱん的な形での理由づけは、倫理りんり学の基礎きそと大いに関連している。
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それゆえに、それぞれの倫理りんり的な提言の中で、様々に異なった形で現れてきている。
 ここで関心があるのは、以下の主張の妥当だとう性である。すなわち、「社会の仕組みに関する政治的な、あるいは倫理りんり的な理論を提示する場合、重要だとみなされるレベルでの平等な配慮はいりょは、簡単には無視しえない要求である」という主張である。社会制度において支持を受け続け、合理的な擁護ようごが行われている主要な政治的倫理りんり的な提言には、何らかの形で公平さや平等な配慮はいりょが共通の背景としてある。このことを指摘してきしておくことは、非常に実践じっせん的な意味があろう。そのひとつの帰結は、問題となる領域において個人間で優位性に格差があることを正当化する必要性を、しばしば暗黙あんもく裏に受け入れることである。このような不平等は、その他のさらにもっと重要な変数に関する平等と強く結びついていることを示す形で正当化されている。
 ここで、変数の重要性は、必ずしもその変数に固有のものではないということに注意しよう。例えば、ロールズの「基本財の平等」や、ドーキンの「資源の平等」は、必ずしも基本財や資源のもつ固有の重要性によって正当化されているわけではない。このような変数の平等は、それが人々の目的を達成するために必要な機会を平等に与えるあた  手段となるために、重要とみなされている。実は、この両者の間の距離きょりが、これらの理論にある種の内的な緊張きんちょうを生み出すことになる。なぜなら、基本財や資源の重要性は、基本財や資源を各人の目的の達成やそれを遂行すいこうする自由へと変換へんかんしていく能力にかかっているからである。そのような変換へんかんを行う能力は、実際には人によって差があり、このことが基本財や資源を平等に保有することの重要性の根拠こんきょを弱めているのである。

(アマルティア・セン『不平等の再検討』より)
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a 長文 3.2週 nnge2
 漱石そうせきは、イギリスでの暮らしの経験の中で日本とは違っちが た個人のあり方を目撃もくげきしてきた。このことは当時海外で暮らした者にとっては大きな衝撃しょうげきであっただろう。個人と社会の関係に目を開かされたのである。漱石そうせきは、多くの留学経験者がそうだったように、わが国には個人が生まれていないと慨嘆がいたんしてすます程度の人間ではなかった。かれは日本の社会と個人のあり方について真剣しんけんに考えたと思われる。特にかれにとって問題であった親族、つまり家族の問題との関わりの中で、個人と社会の問題に関わらざるをえなかった。
 しかし、その際に、西欧せいおう流の社会という概念がいねんをわが国にそのまま仮定し、それに対して日本の個人を対比させたところにかれの問題があった。わが国には、個人が社会に対する以前にそれぞれの世間があったのであるが、この世間は、かれには社会の未成熟なもの、すなわち同一線上で語りうるもの、としてしか見えなかったのである。ところがこのころには世間という概念がいねんは現実にはっきりとした輪郭りんかくをもっていた。しかし、それにもかかわらず、漱石そうせきは社会と世間の区別をなしえなかったのである。
 漱石そうせきが、このような問題意識に立って諸作品を書いていったとして、そのかれの姿勢を支えていたものは何だったのだろうか。一つ一つの作品を見れば出来不出来はあるし、社会の見方も到底とうてい鋭いするど とはいえないが、かれの作品には、当時から現在までのわが国が抱えかか てきた、あるいは引きずってきた重要な問題が示されている。何度もいうように、それは個人と社会の関係の問題である。そこに親族の問題や男女の関係が絡んから でくることはいうまでもない。漱石そうせきはそれらの問題に対して作品の中では世間や社会に背を向けた立場を選んでいる。かれの小説の主人公はほとんど社会や世間の中で主要な地位を得ていない人たちである。現実には、漱石そうせきの家に集まった人々の中には後に日本の知的世界を背負ってゆくことになる多くの人物がいたが、作品の中ではそういう構図にはなっていない。
 明治以降の日本の社会の中で、世間や社会にしかるべき地位を得ている人の世間や社会を見る目ははっきりしていた。そのような
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人々を主人公にした小説類はおびただしい数に上るが、それらは必ずしも時代を超えこ て読者に訴えうった てゆく力をもってはいなかった。
 それに対して漱石そうせきの作品が読み継がつ れてきた一つの理由には、世間や社会に背を向けようとしたその視点にあったといえよう。このような視点に立って初めて日本の社会と個人の主要な一面が見えてくるからである。
 もとより漱石そうせき自身が「隠者いんじゃ」的であったというのではない。作品の中にその傾向けいこうがみられるというのである。このように見てくると「徒然草」の吉田よしだ兼好けんこうから漱石そうせきに至るまで、わが国の文学の世界はいかに多くを一種の「隠者いんじゃ」に負うてきたことだろう。隠者いんじゃとは日本の歴史の中では例外的にしか存在しえなかった「個人」にほかならない。日本で「個」のあり方を模索もさくし自覚した人はいつまでも、結果として隠者いんじゃ的な暮らしを選ばざるをえなかったのである。

阿部あべ謹也きんや『「世間」とは何か』より)
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a 長文 3.3週 nnge2
 時間の進行と希望の消息、それが占いうらな の主題である。なんとなくそんなことを考えだした時から、私は「時の装飾そうしょく法」というものに興味を持ち出した。いったい、時間というものは実在しているものなのか、実在しない制度に過ぎないのか。もし、時間というものが実在しているとすれば、それはいったい何時から始まり、何時をもって終りとするのか。この問題を巡っめぐ て実に様々な分野で目の回るような議論が繰広げくりひろ られていることを知ったのは、もっと後のことだ。時間論は現代の神学だ。それは単なる比喩ひゆではなくて、無神論の登場と時間論の白熱は軌を一にき いつ しているのである。一方では中世の神学者も驚異きょういを感じるかもしれないほど複雑、煩雑はんざつ精緻せいちな議論が戦わされている。一方では、そちらの方が世の中の大半だが、時計と行動の相談ができない人間を無視するほど、時計への信望が高まっている。八十年代の半ばころから目立ちはじめた時計だけが不釣り合いつ あ に高級というアンバランスはここ数年、服装に関しては幾分いくぶん、バランスを取り戻しと もど ているように見える。
 身を飾るかざ という世界では一見、バランスを取り戻しと もど たように見えるが、経済の世界はますます「時は金なり」という筋を突き進んつ すす でいるように思える。「時は金なり」「時は神なり」ゆえに「金は神なり」という三段論法がまたたくまに成立してしまうという短絡たんらくがいつ現れないとも限らない。このような単純すぎる筋というものは、簡単に成立してしまいそうで、たいていの場合、その寸前で何かしらのブレーキがかかるものだ。いったい、どんなブレーキがかかるのか。今のところ私には想像もできないが、世界はますます時と金を巡っめぐ て、無表情な数字に衝きつ 動かされているようだ。そこでは夜も昼もない。数字に換算かんさんされた時と、数字に換算かんさんされた金が恐ろしいおそ   スピードで動き回っているらしい。一日のうちの大半をタクシードライバーとして過ごしながら、東京、ロンドン、ニューヨークの株式市場や為替かわせ市場、債券さいけん市場の動きを読んで取り引きを繰返しくりかえ ているという男にあったことがある。タクシーの乗務を終えて自宅にもどったあとは、「市況しきょう把握はあく女房にょうぼうに任せて寝るね 
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です」と話していた。旨くうま すれば、それほど歳月さいげつをかけずにタクシードライバーから抜け出せるぬ だ  とは言わなかったが、元来のタクシードライバーではなくて、何かの苦境で資金稼ぎかせ にこの商売を始めた人のようだった。
 占いうらな なんてと笑う男性は結構いて、ちっとも信じていない様子を見せるけれども、「金」と「人気」を扱うあつか 人間はそんなに簡単に占いうらな を笑ったりはしない。時によっては実力以上の何かが起きるからだ。私はそういう人々を見るたびに、「時の匂いにお 」を嗅ぎか 分ける鼻というものを想像してみる。あるいは潮時を見極めるするどい目を想像してみる。そこでは時は決して数値化されていないし、また均質に流れてもいない。時の装飾そうしょく法として最初に浮かぶう  のが占いうらな である。そのなかでもとりわけ西洋占星術せんせいじゅつ装飾そうしょく法として魅力みりょく的なアレゴリーをふんだんに持っている。
 もっとも、女の子が西洋占星術せんせいじゅつのアレゴリーに感じるような魅力みりょくを、「人気」商売や「金」の出入りの大きな投機家が覚えるかというとそうでもない。日本の、あるいは東京では幾らかいく  占い師うらな しのすみわけというようなものがあって、西洋占星術せんせいじゅつのお得意さんの第一はこいをしている、あるいはこいをしたい女性だ。たぶん、天球を十二分割して、そこに獅子ししやさそり、双子ふたご乙女おとめといった星座を割り当てて行くという意匠いしょうが女性好みなのだろう。ただし、それらの意匠いしょうはあくまでも西洋の文明がもたらしたものだから、あの「時の匂いにお 」を嗅ぎか 分ける鼻や潮時を見極める眼力がんりきを養うには、いささか、あますぎる意匠いしょうなのかもしれない。とは言え、それが天文学に基づき、現在のこよみである太陽暦たいようれきと密接に繋がっつな  ている以上、最初に時の装飾そうしょく法の研究の対象とするふさわしさがあるだろう。

中沢なかざわけい『時の装飾そうしょく法』より)
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 一八九九年、新渡戸にとべ稲造いなぞうが英文をもって著わした『武士道』は、日清戦争後の新興日本に対して興味をもち出していた欧米おうべい各国民に向かって、日本の道徳体系を解明したものとしてすこぶる好評を博した。
 それはそれなりに功績はあったにちがいないが、史実的に見ればほとんどむちゃくちゃともいうべき乱雑さで「寺子屋」や「千代はぎ」まで引用しているのでは、とうてい、学問的価値のある述作とは認められない。しかし新渡戸にとべの著書は、明治以後武士道復活が叫ばさけ れるごとに、かならず持ち出されるものであるから、一応その内容を瞥見べっけんしよう。
 新渡戸にとべは、武士道とは武士のかならず実践じっせんすべき倫理りんり綱領こうりょうであるとし、その内容として、正義、勇気、仁愛、礼儀れいぎ、至誠、名誉めいよ、忠義、克己こっきなどをあげ、特に忠の観念を「封建ほうけん諸道徳を結んでの均整美あるアーチと為しな た要石である」と述べている。
 江戸えど時代に完成された武士階級の道徳綱領こうりょうとしては、ほぼ正しいであろう。もちろんこれは武士はまさに「かくあるべきもの」という規範きはんであって、現実に「こうである」という意味でないことは当然である。大部分の武士はこれらの道徳律に反した存在であり、ただ表面的にこれに従っているかのように見せていたにすぎない。だからこそ、くり返し、これらの道徳律を「武士道」として教えなければならなかったのである。
 ――けしからん、そんなばかなことがあるか、と、いくつかの例をあげて怒りおこ だす人もいるだろうが、それらの例は明らかに、それが当時、珍しいめずら  ことであったから称賛しょうさんされ、喧伝けんでんされたのであって、決して武士一般いっぱんがそうであったということにはならない。
 それでは、単にそれに向かって努力すべき道徳指標として考えた場合、武士道はどのような特色を持っているのであろうか。
 正義も、勇気も、仁愛も、礼儀れいぎも、至誠も、名誉めいよも、克己こっきも、いずれも武士にのみ特有の倫理りんりではないはずである。すべて規律ある社会人として生活する以上、すべての人間が当然これらの道徳律を目標とすべきであろう。それが武士道として、とくに武士階級に
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強く要求されたのは、武士が封建ほうけん社会における指導的階級とされ、農工商にはんたるべきものとされていたからにちがいないが、もっとも肝要かんような点は、忠義という武士に特有の観念が、これらの道徳の要石としてすえられていたからだ。忠義の一点を除けば、他の諸点は、欧米おうべい紳士しんし道についてさえ、ほとんど一致いっちするといってよい。
 したがって武士道の根底をなす「忠」という観念を究明することなくしては武士道の本質を把握はあくすることはできないであろう。
 ところが、江戸えど時代における忠義の観念ぐらい奇妙きみょうなものはない。「忠」はいうまでもなく、おのれの主君に対する服従および忠誠である。それも絶対的な服従であり、必要とあれば生命をささげて奉仕ほうしすることである。
 そしてその主君たるものは、知謀ちぼう、才幹、力量においてすぐれているのでもなく、人間的にすぐれているわけでもない。ただ主家に生まれたがゆえにその地位を世襲せしゅうしているにすぎない。大部分は愚劣ぐれつな存在だといってよい。
 こんな主君に対して、忠臣は二君に仕えずといい、君君たらずとも臣臣たりというような戒律かいりつを守らねばならないとされたのだ。

(南条範夫のりおの文章による)
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