1. 【1】時間の進行と希望の消息、それが
占いの主題である。なんとなくそんなことを考えだした時から、私は「時の
装飾法」というものに興味を持ち出した。いったい、時間というものは実在しているものなのか、実在しない制度に過ぎないのか。【2】もし、時間というものが実在しているとすれば、それはいったい何時から始まり、何時をもって終りとするのか。この問題を
巡って実に様々な分野で目の回るような議論が
繰広げられていることを知ったのは、もっと後のことだ。【3】時間論は現代の神学だ。それは単なる
比喩ではなくて、無神論の登場と時間論の白熱は
軌を一にしているのである。一方では中世の神学者も
驚異を感じるかもしれないほど複雑、
煩雑、
精緻な議論が戦わされている。【4】一方では、そちらの方が世の中の大半だが、時計と行動の相談ができない人間を無視するほど、時計への信望が高まっている。八十年代の半ば
頃から目立ちはじめた時計だけが不
釣り合いに高級というアンバランスはここ数年、服装に関しては
幾分、バランスを
取り戻しているように見える。
2. 【5】身を
飾るという世界では一見、バランスを
取り戻したように見えるが、経済の世界はますます「時は金なり」という筋を
突き進んでいるように思える。「時は金なり」「時は神なり」ゆえに「金は神なり」という三段論法がまたたくまに成立してしまうという
短絡がいつ現れないとも限らない。【6】このような単純すぎる筋というものは、簡単に成立してしまいそうで、たいていの場合、その寸前で何かしらのブレーキがかかるものだ。いったい、どんなブレーキがかかるのか。今のところ私には想像もできないが、世界はますます時と金を
巡って、無表情な数字に
衝き動かされているようだ。【7】そこでは夜も昼もない。数字に
換算された時と、数字に
換算された金が
恐ろしいスピードで動き回っているらしい。一日のうちの大半をタクシードライバーとして過ごしながら、東京、ロンドン、ニューヨークの株式市場や
為替市場、
債券市場の動きを読んで取り引きを
繰返しているという男にあったことがある。【8】タクシーの乗務を終えて自宅にもどったあとは、「
市況の
把握は
女房に任せて
寝るん∵です」と話していた。
旨くすれば、それほど
歳月をかけずにタクシードライバーから
抜け出せるとは言わなかったが、元来のタクシードライバーではなくて、何かの苦境で資金
稼ぎにこの商売を始めた人のようだった。
3. 【9】
占いなんてと笑う男性は結構いて、ちっとも信じていない様子を見せるけれども、「金」と「人気」を
扱う人間はそんなに簡単に
占いを笑ったりはしない。時によっては実力以上の何かが起きるからだ。【0】私はそういう人々を見るたびに、「時の
匂い」を
嗅ぎ分ける鼻というものを想像してみる。あるいは潮時を見極めるするどい目を想像してみる。そこでは時は決して数値化されていないし、また均質に流れてもいない。時の
装飾法として最初に
浮かぶのが
占いである。そのなかでもとりわけ西洋
占星術は
装飾法として
魅力的なアレゴリーをふんだんに持っている。
4. もっとも、女の子が西洋
占星術のアレゴリーに感じるような
魅力を、「人気」商売や「金」の出入りの大きな投機家が覚えるかというとそうでもない。日本の、あるいは東京では
幾らか占い師のすみわけというようなものがあって、西洋
占星術のお得意さんの第一は
恋をしている、あるいは
恋をしたい女性だ。たぶん、天球を十二分割して、そこに
獅子やさそり、
双子、
乙女といった星座を割り当てて行くという
意匠が女性好みなのだろう。ただし、それらの
意匠はあくまでも西洋の文明がもたらしたものだから、あの「時の
匂い」を
嗅ぎ分ける鼻や潮時を見極める
眼力を養うには、いささか、
甘すぎる
意匠なのかもしれない。とは言え、それが天文学に基づき、現在の
暦である
太陽暦と密接に
繋がっている以上、最初に時の
装飾法の研究の対象とするふさわしさがあるだろう。
5.(
中沢けい『時の
装飾法』より)