長文集  2月4週  ○「書物」とはいったい  nnge2-02-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2010/10/25 15:41:51
 【1】「書物」とはいったい何だろうか!
 それを評価すると か、読むとかいうこと
は何を意味するのだろうか? それを売ると
か買うとかいうことになるのは、何だろうか

 これらの問いに、もっとも近づきやすいの
は、「書物」を人間からもっとも遠くにある
観念の「人間」とみなすことである。
 【2】わたしたちは誰でも、子どものころ
は親とか兄弟とか友人とか教師から、知識や
判断力や書物にたいする習慣的な位置のとり
方を習いおぼえる。そして青年期に足を踏み
こむと、しだいに親や兄弟や教師たちを、教
え手としては物足りなく思いはじめ、離反す
るようになる。【3】これは個人にとっては
「乳離れ」とおなじで必然的なものである。
 しかし、わたしたちは誰もここで錯覚した
経験をもっている。親や兄弟や教師などはく
だらない存在であり、自分はかれらより優れ
てしまったし、かれらより純粋であるし、か
れらから学ぶものはなにもないというように
思いはじめる。【4】こういう思い込みが真
実でありうるのは、半分くらいである。あと
の半分では、青年期に達したとき、わたした
ちは眼の前に何を与えられてもくだらない 
し、何にたいしても否定したいという衝動を
もつようになる。
 【5】これは、自己にたいする不満の投射
された病いにすぎな い。つまり誰もかれを
満足させるものではなく、何を与えても否定
的であることの一半の原因は、対象の側には
なく自己の側にあるだけである。
 【6】この時期に、わたしたちは、じぶん
を充たしてくれるものとして、「書物」をも
とめる。「書物」は周囲で眼に触れる事柄や
人間にすべて不満である時期に、いわば、「
肉体」をもたない「 親」や「兄弟」や「教
師」の代理物としてあらわれる。
 【7】ほんとうは「書物」は、身近にいる
「親」や「兄弟」や「教師」などよりつまら
ないものであるかもしれない。しかしわたし
たちは青年期に足を踏みこんだとき、「書物
」には肉体や性癖や生々しい触感がなく、た
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だの「印刷物」であるということだけで、不
満や否定から控除するのだといってよい。∵
 【8】そこで「書物」は、身近にいる「親
」や「兄弟」や「教 師」などより格段に優
れた「親」や「兄弟」や「教師」に思われて
くる。つまり、遠くの存在だというだけで苛
立たしい否定の対象から免れるのだ。
 【9】しかし、青年期にはいったときわた
したちは、さらに錯覚する。こういう優れた
「書物」を書いた著者は、人格も識見もじぶ
んの知っている「親」や「兄弟」や「教師」
などより格段に優れており、平凡な肉親や教
師たちとちがった特異な生活をしているにち
がいない、ぜひ一度会って、できるならばそ
の生活ぶりも知りたいものだというように。
 【0】しかし、かれが実際に訪れてみると
、その「書物」の著者は、すくなくとも見掛
けたところ、ごく普通の生活をやっている平
凡な人物にすぎない。じぶんの「親」や「兄
弟」や「教師」とおなじように、子どもを叱
りとばしたり、女房と喧嘩をしたり、くだら
ぬお説教のひとつも喋言(しゃべ)るありふ
れた人物である。

(吉本隆明『読書の方法』より)