長文集  2月3週  ★(感)デカルトが述べたことで  nnge2-02-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】デカルトが述べたことで、もう一つ
、科学の発展にとって非常に重要だったこと
は、世界の真実の状態と、われわれが五感で
認識する世界の状態とは、必ずしも同じもの
ではないかもしれないという指摘にある。【
2】私たちは、地面の上に空が広がり、空は
青くリンゴは赤いと認識するが、そうやって
私たちが認識する通りのものが、まさに世界
の物質の実体であるとは限らない、と彼は指
摘した。
 このことも、デカルト以前の時代には、は
っきりと認識されてはいなかった。【3】物
体が落ちるのは、まさに「上から下」に向か
って落ちるのであり、色には、私たちがみる
とおりの「赤」なら「赤」の本質というもの
があると思われていたのである。
 【4】事実は、万有引力の法則によって、
物体が互いに引き合うのであり、「上から下
」へは、たまたま地球が非常に大きいため 
に、地上のものはみな地表に引きつけられる
から起こることであ る。【5】色も、じつ
はいろいろな波長の電磁波であり、私たちの
網膜の細胞に喚起されるインパルスの違いが
異なる色として認識されるだけである。
 これは、デカルトのたいへんな慧眼であっ
たと私は思う。人間 は、なかなか、自分自
身にとっての現実から逃れられないものだ。
【6】自分の実感と世界の真の姿との間に、
なんらかのずれがあるかもしれないなどと気
づくのは、なみたいていのことではないだろ
う。
 しかし、そこでつぎにまた疑問がわく。私
たちの世界の認識は、世界の真の姿とは関係
がなく、なんら特別な根拠のない把握の仕方
なのだろうか。【7】それとも、まったく同
じものを把握しているのではないとしても、
私たちの世界の認識は、なんらかの形で真実
と対応した認識の一形態なのだろうか。つま
り、私たちの世界の認識の仕方は、まったく
無作為、任意の、たまたま偶発的になされる
勝手なものなのか、それとも、なんらかの真
実との対応をもっているものなのか、という
ことである。
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 【8】これは、科学的知識の確かさについ
ての、昔からの議論の題材である。さらに、
最近のポストモダンの相対主義者ならば、科
学も、ある個人の世界の認識も、すべては、
単に一つの見方、勝手な構築にすぎないとい
うのだろう。
 【9】しかし、私はそうは思わない。私た
ちが世界をどのように認知するかは、私たち
という生物種が、ある特定の生態学的位置の
中で∵生存していく上で、役に立つような仕
方に作られているはずだ。私たちは、空を飛
ばずに地上を歩く生物なので、三次元的なア
クロバティックな運動や感覚には優れていな
い。【0】一方、昼間に活動する生物なので
、色や明暗の認識には長けている。その意味
では、私たちの感覚世界は制限を受けている
。しかし、私たちの認識は、確かに、世界の
真実の一部と対応している。
 ミミズは私たちとは大いに異なる生活様式
をもっているから、私たちとは大いに異なる
世界の認識をしているだろう。ミミズの認識
する世界を、私たちは実感することはできな
いだろうが、ミミズの認識も、世界の真実の
一部に対応しているはずだ。
 このあたりの認識世界のようすは、それぞ
れの生物の進化の道筋によって形成されてい
るはずである。デカルトがダーウィンと話す
機会があったとしたら、非常におもしろい会
話が発展したことだろう。

(長谷川眞理子『科学の目 科学のこころ』
より)