長文集  2月1週  ★(感)しかし、ここで面白いのは  nnge2-02-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】しかし、ここで面白いのは「やりた
いこと」とか「好きなこと」といっていても
、それをいう自我主体に多少とも疑いを抱き
始めているということである。【2】本当は
何が好きなのか、何をやりたいかわからない
から、肉体的「行動」を、ともかくもおこ 
し、そこで味わえるはずの未知の経験から得
られるであろう感覚、感情に身をゆだねよう
ということになるのである。【3】これはま
あ、いわばよく解釈した場合ではあるが、そ
して今の若ものたちの流行のなかには、すべ
てとはいわないまでもこういう要素がふくま
れていると見てよいだろう。ところがこの方
向をまともにやって行こうとするなら、これ
はいわばニヒリズムを方法として用いるとい
うことであるから、かなりの精神的緊張を必
要とする。【4】何が好きかわからない、何
をやりたいかつかめないという状態を肯定せ
ず、むしろ否定的にとらえ、本当に好きなも
のを発見するという態度のなかでの、実験的
一方法が、行動による偶然を通じての自己発
見というものだろうから。
 【5】しかし、何が好きかわからないため
にやむを得ずする行動を「好き」といってし
まっては、短絡という以外いいようがない。
これでは、「社会心理学」などでいう、集団
的な反社会的行動への逃避などといわれてし
まってもしかたない。
 【6】また、たとえばサーフィン。これは
やれば面白いだろうと思う。ゴルフだってや
れば面白いだろうが、すこし違うかもしれな
い。両方やったことがないのだから、無責任
な話だが、しかし板を手で持つ波乗りぐらい
はしたことがある。【7】波という自然の大
きな、しかしじつに微妙なリズムに、己れの
肉体のリズムがぴったり合一した時の快感、
これにつきるのだと思う。ボートのエイトな
らエイトで、八人の漕ぎ手のオールさばきが
、見事に水をとらえ て、ふねと漕ぎ手と水
との不思議な一体感のなかで陶酔する時、も
っともスピードが出ている(これは体験だ)
ということと似ていると思う。【8】官能の
喜びではある。この直接的な官能性はこたえ
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られないということはあるだろう。サーフィ
ンが流行る根底にはこれがあるわけだが、実
際に流行るプロセスでは、その体験は一種の
神話的雰囲気という枠と化してしまっている
。【9】波の来ない海岸にサーファーが集ま
り、それどころか、シティ・サーファーとか
いう始めか∵ら海岸に行く気はないのに、車
の天井にサーフ・ボードを乗せ、顔には日焼
けクリーム(日焼け除けではない)を茶色に
塗るという流行は一体何なのであろうか。【
0】ここに軽薄な心理を見出すことはたやす
い。わたしはここにむしろ軽いシニシズムが
あると思う。官能の体験は淡い神話と化して
それにこの半分腐ったような傲慢で半ちくな
自己韜晦とが結びついて、今日の「流行」の
原型をみせているのである。

(小野二郎の文章による)