長文集  9月3週  ★人間および動物を通して(感)  ni-09-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2021/10/15 17:26:11
 【1】人間および動物を通して、広義のあ
いさつ行動は、一体どのような時に起こるも
のだろうか。第一に考えられるのは、個体と
個体との出会いである。【2】互いに見知ら
ぬ者どうしが出会う時は言うまでもなく、す
でに知り合っている者の間でも、出会いがあ
る程度の離別の後で起こった場合には、動物
・人間を問わず一般にあいさつ行動が見られ
る。
 【3】未知の者どうしの出会いでは、相手
の素性や気持ちがわからぬことからくる不安
と警戒の念が、特にあいさつ行動を要求する
のである。【4】そこであいさつを行なうこ
とによって、何よりもまず、相手に対して敵
意、害意のないことを示し、同時に不安から
くる相手の攻撃本能の発動を抑える、つまり
、相手をなだめ、安心させるのである。
 【5】人間の場合、出会いのあいさつ行為
は、相手が以後仲よく共に行動してゆける仲
間かどうかの、身元確認にもつながってい 
る。そのためには、あいさつがそれぞれの社
会で、文化的に慣習化されている一定の形式
にしたがって行なわれることが必要となる。
【6】この性質を強くもった、やや特殊なあ
いさつとしては、仁義や敵味方を暗闇で判別
するのに用いられる合言葉などがあげられ 
る。
 毎日一緒に暮らしている家族の場合でも、
また同じ学校や職場に通うものどうしでも、
一夜明けた朝の出会いの時には、必ずあいさ
つをする。【7】社会生活を営む人間にとっ
て、別れて時を過ごすということは、私たち
が思っている以上に、他者に対する言い知れ
ぬ不安をつのらせるものらしい。
 【8】たしかに誰かと一緒にいるときは、
その人の気持ちの変化についていきやすいし
、同じ状況の下にいるわけだから、自分と相
手との相互関係もわかっている。【9】とこ
ろがいったん離れてしまうと、その間は、二
人別々の経験をすることになるため、気持ち
のズレや考え方の食い違いが生じてしまう可
能性がある。だからこそ∵再び出会ったとき
、両者の気持ちや関係が、別れる前と同じで
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変わっていないことを確認したいのである。
【0】このことは、なぜ人間は別れる時にも
あいさつをするのかという問題にもつながっ
ていく。
 私たちが別れの際にあいさつをする理由は
、再び会う時まで、今別れる時と同じ親愛の
気持ち、同一の帰属感を相手が抱き続けるこ
とを、あらかじめ確認しておきたいのである

 このような解釈が正しいと思われる理由は
、次のような事実の意味を考えてみればわか
る。人間でも動物でも、短い別れの後の出会
いの際のあいさつと、長い別離の後に起こっ
た再会時のあいさつとでは、その入念さ、強
さが異なるのである。(中略)
 動物の場合も同じで、旅行などで主人が長
い間家をあけた後帰宅したようなとき、飼犬
が喜びのあまり飛び跳ねて主人を迎えること
は、犬を飼ったことのある人なら誰でも知っ
ているとおりである。しかし毎日何度も主人
の顔が見える時は、これほどの大騒ぎはしな
い。人間と動物のあいさつ行動で大きく違う
点は、動物は先の予測ができないため、別離
のあいさつがないことである。
 さて長期間の別れの前後のあいさつは、い
ま述べたように長く複雑なものとなる上に、
餞別とかおみやげといった物的なしるしを贈
ることによって、さらなる補強を受けること
も多い。このように見てくると、私たちにと
って互いに別れているということが、どれほ
ど不安で心配なものなのかが、よく理解でき
ると思う。

(鈴木孝夫の文章による)