ニシキギ の山 9 月 3 週 (4)
○くたびれた思い出   池新
 一つのエピソードを

 一つのエピソードをお話ししましょう。静岡(しずおか)県をながれる大井川の中流に、中川根町(なかかわねちょう)という小さな町があります。このあたりはお茶の産地で、町には茶畑がひろがっています。
 ところで、町のそばをながれる大井川は、まだむかしのままに、堤防がとぎれとぎれになっていました。そのため川の水が、ふえるたびに、茶畑や学校の校庭は、水につかってしまうのでした。
 県のお役人たちは、気のどくに思いました。なんとかして早く、こうずいから守ってあげたいと考えました。そこで堤防工事の計画を立て、町の人たちにいいました。
「堤防で、川をしめきってあげましょう。」
 すると、町のおとしよりたちはいいました。
「ここをしめきったら、こんどはむこう岸や、下流の町があぶなくなるではありませんか。いまのままで、けっこうです。」
 こういって、堤防工事をことわったのです。自然とつきあうには、人間のつごうばかりをおしとおすわけには、いかないものだということを、川とともにくらしてきたこの町の人たちは、よく知っていたのでした。この町ばかりではありません。おなじように考えて、水となかよくくらしている町や村が、このあたりにはいくつもあります。たがいに、あいてのことを考えあいながら、川を守っているのです。
 この話は、川とつきあうということはどういうことかを、わたしたちに考えさせてくれますね。

「川は生きている」(富山和子)より抜粋編集