長文集  8月4週  ○イヌが喜びを  ni-08-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2021/10/15 17:26:11
 イヌが喜びを表現するときに尾を振ること
はよく知られている。イヌの喜びが大きいと
きには、尾を激しく振り、体をくねらせる。
耳は後方に絞られるような形で伏せている。
いてもたってもいられぬように跳びはねるこ
ともある。生後半年前後の若い雌では、嬉し
すぎて尿をもらす場合もある。
 このような喜びを表すのは、たとえば、長
い間、旅に出ていたご主人が帰ってきたよう
なときである。イヌは家族をひとつの群れと
して考えているが、群(むれ)にはひとりひ
とりに順位の格付けがある。当然、順位の上
の人に会えたときのほうが喜びの表現も激し
くなる。人に対して喜んでいるときのイヌは
、年齢が若いほど人の顔を舐めたがるもので
ある。
 犬種によって喜びの表現に差があり、一般
に日本犬は洋犬ほどオーバーではない。洋犬
でも小型の愛玩犬種と、シェパード、シベリ
アン・ハスキーなど使役犬種との比較では、
飼主と居住区を同じにしている愛玩犬種のほ
うが喜びの表現は大きい。
 イヌには人と共同作業をしてほめられたと
きも嬉しくなる習性がある。たとえば、ボー
ルを投げての「持って来い」の訓練をさせる
と、イヌは嬉々として投げたボールをくわえ
てきて飼主に渡すが、このときのボディラン
ゲージは、「大喜び」とはやや違う。「上機
嫌」あるいは「親愛」である。ボールを渡し
た後、「よーし、よくやった」という賞賛の
言葉で嬉しくなっている。尾は激しくは振ら
ず、ゆっくりと振って、耳は後ろに伏せてい
る。ボールを主人に渡した後、脚側に坐って
待つ訓練までよくできているイヌは、首を伸
ばして主人がもう一度ボールを投げるのを待
つ。ときには「わん、わん」と催促すること
がある。
 また、イヌは叱られた後、許しを乞うため
に「甘え」のボディランゲージを見せるが、
そのときの尾の位置は催促のときとは違っ∵
て、下に向けている。つまり、恐縮を表現し
ながら、遊びに誘い、なんとか御主人に機嫌
をなおしてもらいたいという魂胆である。
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 ただし、イヌがこういう様子を見せたから
といって、叱られた理由を理解して二度と同
じことをしないかといえばそうではない。叱
られて懲りたときは、まず恐怖を覚えるもの
である。恐怖を覚えたときのイヌは、尾を完
全に股間にまるめ込み、耳を後方に伏せてう
ずくまってしまう。まるめられた尾は振られ
ることはない。叱られても「甘え」を見せる
イヌには、叱られた意味が分かっていないも
のである。
 イヌが知らないイヌに出あって、尾を上に
あげて小刻みに振るときは、相手に警戒心を
持ったときである。同時に攻撃すべきか否か
の迷いがある。耳は前方に向けてしっかりと
立てられている。垂れ耳のハウンド種でも、
耳の付け根が前向きになるので、警戒心と攻
撃的な気持ちを抱いたことが判断できる。
 この場合、尾を高い位置で振るイヌほど気
性が強い上位のイヌである。イヌが相手に威
圧感を覚えれば尾を下げながら振り、耳は後
方に向けて伏せていく。
 したがって、イヌが尾を振っているから喧
嘩にはならないだろうと思ったら大間違いで
ある。威圧されたイヌが怯えながらも敵意を
表して牙を見せたりすると、尾を振っていた
ほうがいきなり攻撃をしかける場合もある。
とくにテリア・グループは反応が早いので注
意する必要がある。

(沼田陽一「イヌはなぜ人間になつくのか」