長文集  7月3週  ★あれは小学校三年の(感)  ni-07-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2021/10/15 17:26:11
 【1】あれは小学校三年の頃だったと思う
が、手作りの虫かごの中で、アオムシがキャ
ベツの葉をすさまじい勢いで食べながら、ポ
トリポトリと緑色のまるい大きな糞(ふん)
を落としていくのを、感心しながらながめて
いた記憶がある。【2】消化されないセルロ
ース(せんい素(そ))をあれだけ食べれば
、立派な糞(ふん)をどんどんと出していか
なければならないのだろう。葉を食べるとい
うことは、ずいぶん効率の悪いことなのであ
る。
 【3】ふつう草食の哺乳類でサイズの小さ
いものは、葉だけを食べるということはせず
、もっと栄養のつまっている果実や種子や貯
蔵根(いも)を食べる。【4】小さい哺乳類
は、体重あたりで比べれば、非常に多くの食
べ物を必要とするから、栄養価の低い葉っぱ
だけで生きていくことはむずかしいのだろう

 【5】サイズの大きな哺乳類でも、草に含
まれている細胞質だけから栄養をとることは
せずに、もっと優れた方法をあみだしたもの
が繁栄している。ウシやヤギのような反すう
動物である。【6】かれらはいくつもの部屋
に分かれた大きな胃袋をもち、この中に単細
胞生物やバクテリアを共生させている。これ
らの共生微生物にセルロースを分解させて、
それを自分の栄養にする。【7】だから、同
じ草を食べるといっても、細胞質だけ食べて
あとは捨てるのとは状況がまったく違う。反
すうなどという芸当ができるのも、巨大な胃
袋をもてるだけ、体のサイズに余裕があるか
らだろう。
 【8】ほとんどの鳥は葉っぱは食べない。
ハクチョウなどの大形のものをのぞき、草食
性の鳥は果実か穀物を食べる。これは飛ぶこ
とと関係すると思われる。【9】葉をたべる
ということは、栄養価の低いものを大量に摂
取することを意味している。これでは胃袋ば
かり重くなって、飛び回るには都合が悪い。
 【0】実は、同じことが昆虫にもあてはま
る。草を食うのは、飛ばない幼虫の時代なの
である。変態して飛ぶようになったら、草は
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∵食べない。蜜や樹液を吸う。これらは栄養
の水溶液、つまりドリンク剤のようなものだ
から、吸収がよく、重い胃袋をかかえてよた
よた飛ぶことにはならず、都合がいい。(中
略)
 昆虫の成功の秘訣は、大量にありながらほ
かの動物たちがあまり手をつけなかった葉っ
ぱという食物に目をつけたところにある。し
かし、草を食うということは、重い胃袋をか
かえるわけで、移動性を犠牲にする。一本の
草を一匹(ぴき)の虫が食いつくしてしまっ
たら、草も虫もおしまいであろう。イモムシ
のような動きののろいものが、草を食いつく
しながら、新しい草を求めてはいまわるの 
は、現実的でない。昆虫の小さいサイズは、
一本の草で満足できる程度の、てごろなサイ
ズだと思われる。
 しかし、小さくてイモムシのようにはいま
わっていては、ひろく子孫をばらまいたり、
よい環境を探して移動するには不利である。
そこで、じゅうぶん草を食べて育ったら、変
身して羽をのばして飛び回ることにした。ど
のみち成長の過程でクチクラの殻を脱いで、
新しい殻を作らねばならないのだから、その
際、体のつくりも大幅に変えてやるのは、そ
う抵抗はないだろう。こうして羽を得た昆虫
は、広い範囲を飛び回り、子どもがちゃんと
生きていけそうな草を見つけて卵を産む。幼
虫自身はあまり動きまわれず環境を選ぶこと
はできないが、親がかわりに選んでくれるわ
けだ。
 昆虫は羽化を節目として食性と運動法を切
り替える。幼虫期は、あまり動かず、ひたす
ら食う。このときには胃袋が重くてもいい。
羽化して成虫になると、飛び回ることが最優
先になり、消化のいいものだけを食べる。な
かには成虫になったらまったく食事をしない
ものもいる。このように昆虫は変態すること
により、小さいサイズの短所を解消した。昆
虫の生活は、まさにサイズと密接にかかわっ
ているものなのである。

(本川達雄「ゾウの時間 ネズミの時間」に
よる)