1. 【1】月ができた
原因については、進化
論で有名なダーウィンの息子のジョージ・ダーウィンという人が考え出した説が学会で
認められていました。それによると月は地球の一部がちぎれて飛び出してできたものだが、面白いことに太平洋は月が飛び出した
跡だという説を立てたのです。【2】ジョージ・ダーウィンという人は、たいへんあたまのいい人で、この月の
成因説は、ただの思い付きというわけではなくて、
推論にいろいろな
根拠があげられているのです。たいへんうまい説明なので当時は
反論する学者もいなくて、それが決まった学説となってしまいました。【3】ですから、
私たちは学生の時にこういう説を教わったわけなのですが、こんな説は今ではすっかり消えてなくなってしまいました。
2. 【4】地球の
成因の方は、四十年
程前に、ドイツのワイッゼッカーという人が、
惑星は太陽から飛び出したのではなくて、昔、
太陽系をおおっていたガス体から固体の
粒だけが残って、それが太陽の周りをぐるぐる回っているうちに
衝突し合ってだんだんに成長して、いくつかの
惑星になったという説を立てました。【5】それで、ビュッフォンの説は消えてしまったのです。そのワイッゼッカーの学説もその後十年ほどたって、アメリカのユレーという人と、ソ連のシュミットという人が
修正して、地球や木星などの
惑星のもとになった
粒というのは、
太陽系をおおっていた
粒ではなくて、太陽の引力によってつかまえられた
宇宙塵、つまり
隕石ということになったわけです。
3. 【6】そして、月の方も、ダーウィンの説ではなく、地球のできる時に同じような
現象で地球と
一緒になってできたものだという説が、今日、定説となって、月は地球の兄弟だと考えられるようになったわけです。
4. 【7】だが、こういった学説も月ロケットで、人間が月から石のサンプルを持ち帰ったり、ロケットの
観測機が火星や土星まで飛んでいって、
情報を送ってきたりすると、古い説では
解釈がつかないことだらけで、また、いずれ新しい学説が
誕生することになるわけです。∵
5. 【8】こういうことは天文学、あるいは地学などに
限らず、いろいろな科学の
領域で起こってもふしぎはないわけです。まだ、本当は科学は何もかも知っているわけではなくて、ほんの自然の
姿の一部をかじっているにすぎないのですから、いろいろと角度を変えて自然を見ているとつぎつぎと新しい発見が生まれてきます。【9】そしてそこから新しい学説が
発展し、それをもとにしてまたすぐれた
技術が
誕生するといったことがこれからも続いていくはずです。
6. 【0】今までのでき上がった科学の
理論とか
解説とかにこだわりすぎてすべてをそれにのっとって(=
基準として
従って)考えるという
傾向が強すぎますと、新しい
発展が起こらなくなります。古いものにとらわれずに新しい見方をする、あるいは
逆転の発想という言葉がありますが、そういう考え方をしていると、案外そこから面白い
発展が起こるのです。
7. これは科学者でなくても、
一般の方々が広く
眺めている観察、あるいは考え方からもみな同じ
事情が生まれるはずですし、そういう点からも
皆さんが
日常観察しているものから、新しい科学の目が生まれる、ということも十分にあり得ることだと思います。
8. 昔、ウェーゲナーという学者が大陸
移動説を
提唱しました。この人は、
地質学とか物理学とかの
理論に
基づいて考えていたわけではなく、世界地図を見ておりましたらいろいろな大陸の形が、ちょうどジグソーパズルの
切れ端のように、
寄せ集めると一つになってしまいそうな感じがしたことから大陸
移動を考えたのです。なるほど合わせてみると、南米とアフリカとは
一緒になりそうですし、アメリカ大陸もユーラシア大陸も、南極大陸もみんな一つに組み合わされそうに見えます。
9. そういうところからウェーゲナーは大陸は昔は一つになっていたのが、ある時から分かれて
移動したのではないだろうか、地球の内部が
融けた
液体でその上に固体の大陸が
浮かんでいる、それがちぎれて、だんだん地球全体に分散したのではないだろうかと考えて、∵大陸
移動説という学説を立てたのでした。
10. たいへん面白い説ですが、当時の学界では、それは単なる思いつきだということで
黙殺されてしまったのです。
近頃になって、いろいろな
観測の
技術が進みますと、どうやらウェーゲナーの学説が本当であったらしいということで、プレート・テクトニクスという学説(=地球の
皮膚を形づくる
厚さ一〇〇キロの岩板の動きを研究する学説)ができて、
実際に大陸が
移動するのだということが、事実として
認められるようになったのです。そこでウェーゲナーは今たいへん高く
評価されるようになっておりますが、こういう、こだわらない自由な心で科学を
論じるというのも一つの進歩の道だと言えるわけです。
11. そういう意味でも、
皆さんの自由な観察力や、考え方から思いついたことをどんどん科学者や科学界にぶつけていきますと、それは
皆さんにとってもたいへん楽しいことですし、科学者にとっても楽しいことになるはずです。そして、そこから、思いがけない科学の進歩も生まれるということになりますと、なんともすばらしいことであるに
違いありません。
12.(
崎川
範行「科学ってこんなに面白い」による)