1.【1】「あれ? おかしいなあ。」
2.トースターの中には、ほかほかに温まったコロッケが入っているはずだった。
確かに、コロッケは入っていたのだが、コロッケを乗せたトレイは、まるで
蜂蜜のようにとろりと
溶け出し、ほとんど原型をとどめていなかった。【2】やはり、トレイごと入れてはいけなかったのだ。今ごろになって気づいても後の祭りだ。トースターに入れる
瞬間、このまま入れても
大丈夫なのだろうかと不安がよぎったが、上にかかっているラップだけを取れば
大丈夫だろうと
安易に
判断したのが
間違いだった。
3. 【3】
私は、とても
お腹がすいていたが、当然のことながら、コロッケは
諦めなければならなかった。しかも、母が帰ってくる前に、トースターの中で
溶けているトレイを
取り除かなければならない。
空腹の
私にとって、それは
非常に
過酷な労働に思えた。【4】でも、母に見つかったら
叱られるに
違いない。
私は、急いで
布巾を
濡らし、トースターの中の形のないトレイを
取り除こうと、手をつっこんだ。
4.「あちっ。」
5.
私は、思わず手を
引っ込めた。トースターの中はまだ熱かった。冷ましてからでないと作業ができない。【5】でも、時間がない。仕方がないので、うちわを持ってきて思い切り
仰いでみた。すると、トースターの底の方に残っていたパンくずが
舞い上がり、さらに大変なことになりそうだったので、すぐにやめた。
私は、ただ
布巾を手に、付近をうろうろするしかなかった。【6】そうこうしているうちに、母が帰ってきてしまった。トースターを見た母は、すべてを
悟り、あきれたようにため息をついた。
6. 結局、トースターは、母が
掃除をしてくれた。
一段落したところで、
私は母に、料理で失敗したことがないかどうか聞いてみた。【7】母は、中学生のころ、家族のために野菜
炒めを作ったことがあるそうだ。フライパンで野菜を
炒め、味つけをする
際、
勢いよくコショウを
振っていたら、ビンのふたが取れて、一ビン分のコショウが∵野菜にかかってしまったらしい。【8】母は、くしゃみを連発しながらも、とっさに、野菜をザルに
移し、ジャージャーと水をかけて
洗ったそうだ。母の
素早い判断が功を
奏し、野菜
炒めは無事に出来上がり、家族全員がおいしいと言って食べたという。水で
洗った野菜
炒めがおいしいわけはないだろうと思ったが、口には出さなかった。【9】母は、
7.「料理に失敗はつきものよ。でも、終わりよければすべてよし。」
8.と笑った。
9.
私の場合は、スーパーで買ってきたコロッケを温めようとしただけなので、料理の失敗とは言えないが、そのおかげでトースターがきれいになったので、やはり、終わりよければすべてよしなのだと思いたい。【0】失敗したからこそわかることもある。
私は、もう二度と同じ失敗を
繰り返さないだろう。失敗は、決して悪いことばかりではないということがわかった。
10.「あれ? おかしいなあ。」
11.台所から
お鍋のこげるにおいがしている。
12.(言葉の森長文作成委員会 Λ)