1. 「
飽和化市場」という言葉がある。いろいろな商品の
普及率がもう
限界のところまできている消費市場をあらわす言葉だ。たいていのモノはひととおり行きわたった、という
状態である。
2.
飽和化市場の
特徴は、いままでもっていた
製品から新しいものに買いかえていく
需要は多いが、市場全体が成長していく力はもう
限界のところまできている、という点だ。
3. そのため、売り手側としても、いままでと同じような売り方では商品が売れない。そこで、それぞれ
独自の商品を開発したり、新しい売り方を考えたり、これまでとはちがった分野へ進出したりと、あらゆる手を試みる。ここまでに
紹介した
販売方法の工夫だとか、競合商品にはない
独自の
機能やデザインの開発などといったことも、こうした市場があふれている。
4. たとえばモノ。すでに
述べたように、ヘッドホン・ステレオ一つ取りあげても、
似かよった商品がたくさんのメーカーから発売されている。たくさんの商品のなかから、きみは一つの商品を選んで
購入するわけだ。そのためにカタログを取りよせたり、お店の人の話を聞いたりして
情報を集め、
比較した上で決める。
5. つまり、きみの前には、とてもたくさんのメニューがあり、そこからある一つを
選択するというわけだ。
6. サービスという商品を
購入する場合も同じだ。
7. 外食の代表といえるファースト・フード。あるチェーン店で新しいハンバーガーが登場したと思ったら、すぐに別のチェーン店にも
似たようなメニューがつけ加えられる。もちろん、「一味ちがった」商品としてだ。
8. ここでもきみは、さまざまなお店のさまざまなメニューのなかから一つのサービスを
購入するための
選択をすることになる。
9. 新しい商品やサービスが市場にでるまでには、売り手側の「商品差別化
戦略」がおこなわれている。消費者側の
情報を得るための
調査、その
情報をすぐに利用できるように
蓄積したデータベースの作成、テレビやイベントをとおしての
宣伝・広告・商品を
効率よ∵く売るための
仕掛けなど、売り手側の努力はこれまでみてきたとおりだ。
10. だから、きみは、売り手側の商品差別化
戦略という大きな「
仕掛け」をかいくぐって、たくさんのメニューから一つを決め、
選択するのである。これは、とてもたいへんなことなのだ。
11. たしかにメニューはたくさんある。
12. だが、それは、メニューがいまほど多くなかったときにくらべて、よりよい
選択ができるということなのだろうか?
13. ちがいをうたって登場した商品は、すぐに
似た商品が登場することで、ちがいの部分がなくなってしまう。きみの「ステイタス」にふさわしいはずの
独自の商品が、すぐにその
独自性を失ってしまう。イタチごっこみたいなもので、ちがいはますます細分化し、たいした意味をもたなくなってくる。
14. たいした意味のない「ちがい」を選ぶためにたくさんの商品が用意されているのが、はたしてほんとうに
豊かなことなのだろうか。わたしたちは、そんな「幸せ」を求めてきたのだろうか。何度でも自問してみる必要がありそうだ。
15. おびただしい商品にかこまれて毎日
暮らしているわたしたち。わたしたちが生活すること=消費することである。
住宅、家具、食品、衣服、電気
製品、新聞、
書籍、日用
雑貨といったモノから、電気、ガス、交通
手段をはじめとするサービス
財まで、日々消費しつづけているのだ。
16. そのわたしたちの多様な消費が、ふたたび多様な生産を
促す。
17. そして新しく生産された生産物が、消費者であるわたしたちに、また新たな
欲望をひきおこす。
18. こうして生産と消費が
循環しながらふくらんでいくのである。しかも、売り手と買い手のどちらも、先がみえていないときているのだ。
19. こうした生産と消費のくりかえしのなかで、地球
資源は
減少をつづけ、生産にともなう
排出物や消費生活からでる
廃棄物などによって、
環境汚染がすすんでいる。それも、地球的な
規模でおこ∵っているのである。
20. 気をつけなくてはいけないのは、地球
環境を
汚染しているのは、生産をしている
企業側だけではない、ということだ。
汚染に
責任があるのは、買い手であるわたしたちも同じだ。生産をささえている消費者側の
責任も大きい。
21. つまり、わたしたちは他人とのちがいを
示すために地球
資源をつかい、
環境汚染物質を
排出しつづけている
可能性をもっているわけだ。もしそうだとしたら、わたしたちは、自分たちの消費のあり方そのものを問いなおさなくてはいけない。
22. たとえば、わたしたち日本人がふだん食べているエビ。
23. 日本人のエビ消費は、この三十年間に六倍以上になり、売り上げは一兆円をこえたそうだ。世界最大のエビ消費国だ。そのほとんどは東南アジアからの
輸入によっている。エビの
稚魚は、東南アジア各地にひろがる広大なマングローブの
沼地で育っており、そのエビを
捕獲するために大型船もはいっている。そのためエビ
資源はしだいに少なくなり、マングローブの
沼地も
荒らされているのだそうだ。
24. 日本人が
直接荒らしまわっていないにしても、わたしたちのエビ消費が、結果としてマングローブを
枯らすことになっているのは
否定できない。
25. これは一つの例であって、わたしたちの生活が、このように
間接的に
環境を
破壊していることは、じつに多い。わたしたちがおびただしい消費を重ねることが、考えてもみないようなところに
悪影響をあたえ、
傷つけることになっているわけだ。
26. そうした
直接みえない他人や世界へ、どこまで
想像力をはたらかせることができるかが、これからますます問われることになるだろう。もちろんこれは大人だけの問題としてでなく、きみたち一人一人がこれから考えなければならない問題だと思う。
27.(児玉
裕「あなたは買わされている」)