1. 【1】島に住む動物と大陸に住む動物とでは、体の大きさが
違う。ゾウのような大形のものを
比べると、島のものは大陸のものより、体が小さくなる
傾向がある。島はせまい。小さな島で物が小さくなっていくのはもっともな話のようだが、
事態はそう
単純ではない。【2】ネズミやウサギのような小形のものを
比べると、こちらは島のほうが大陸より、ずっと大きい。
2. 島では大きいものは小さくなり、小さいものは大きくなる。島に
隔離された動物に見られる、このような体のサイズの変化の方向
性が「島の
法則」と
呼ばれるものだ。【3】変化の方向
性は、いま
現に生きているものだけを見ているより時間を追って化石を調べていったほうが、はっきりする。大
氷河時代には海面が下がり、多くの島が大陸とつながったが、深い海でへだてられていたもの(セレベス、地中海の島々、西インド
諸島など)は島として残り、そこではゾウ・カバ・シカ・ナマケモノなどが小形化していった。
3. 【4】もっともあざやかなのはゾウの例だ。ゾウはだんだんと小さくなり、ついには
成獣になっても
肩までの高さが一メートル、
仔牛ほどしかないものが
出現した。大陸では
巨大なマンモスがのし歩いていたのである。【5】一方ネズミを見てみると、島のネズミは大きくなり、ネコほどもあるものが
出現した。
4. なぜ島では動物のサイズが変化するのだろうか? 一つの
要因は
捕食者であろう。島という
環境は、
捕食者のすくない
環境である。【6】
一般的に言って、
捕食者が生きていくには、自身の十倍以上のえさになる動物を必要としている。島という
限られた面積の中では、えさになる動物の数もたかがしれてくるわけで、そのくらいの数では
捕食者は生きて行けなくなり、島では
捕食者がほとんどいない、もしくはまったくいないという
状況が
出現する。【7】こういう
状況下ではゾウは小さくなり、ネズミは大きくなっていく。
5. ゾウはなぜ
巨大なのか? それは大きな図体で
捕食者を
圧倒しようとしているからだ。あれだけ
巨大ならばトラもライオンも歯がた∵たない。ネズミはなんであんなに小さいのか? 【8】小さければ
捕食者の目につきにくいし、小さな
穴やものかげにすばやくかくれることもできる。ゾウやネズミはだてに大きかったり小さかったりしているわけではない。
6.
巨大であることや
矮小であることは、それなりの
代価を
支払わねばならぬことである。【9】たとえば
巨大な体を
支える骨格系にはかなりの無理がかかっているようで、ゾウは
骨折などせぬよう、一歩一歩
慎重に足をはこんでいく。ネズミの場合にはエネルギー上の問題がある。体の小さいものほど、体重の
割には体の表面積が大きい。【0】熱は表面からどんどん
逃げていくから、体温を一定に
保とうとおもったら、小さい動物は、体重あたりにして、大きいものよりずっとたくさん食べて熱をつくりださねばならない。体重は半分でも、食料は半分というわけにはいかないのである。
7. ゾウの
巨大さは
畏敬の念を引きおこすものだ。しかしゾウにしてみれば、大きいからみんなハッピー、というものでもなく、できれば「ふつうの動物」にもどりたいのであろう。ネズミにしたってそうだ。だからこそ、
捕食者のいない
環境に置かれると、大きいものは小さく、小さいものは大きくなって、
ほ乳類として無理のないサイズにもどっていく――これが島の
法則の一つの
解釈である。
8. しばらくアメリカの大学で
過ごす機会を得た。あちらの
教授陣の中にはおそれいるばかりの
偉人がいて、これでは太刀打ちできないなと、すっかり思い知らされたが、一歩大学の外に出ると、スーパーのレジにしても、自動車
修理工にしても、あきれるほど
対応がのろいし
不適切。
一般の日本人の
有能さに、いまさらながら気づかされた。日本という島国では、エリートのスケールは小さくなり、ずばぬけた
巨人とよびうる人物は出て来にくい。
逆に小さい方、つまり
庶民のスケールは大きくなり、知的レベルはきわめて高い。大きいものは小さくなり、小さいものは大きくなる――島の
法則は人間にも当てはまりそうだ。
9.
獰猛な
捕食者に
比せられる様々な思想と戦い、きたえぬかれた大∵思想を、大陸の人々は生み出してきた。
偉大なこととして
尊敬したい。しかしこれらの大思想は、人間が取り組んで幸福に感ずる思考の
範囲を、はるかにこえてしまっているのかもしれない。動物に無理のない体のサイズがあるように、思想も人類に
似合いのサイズがあるのではないか。日本よりさらに小さな島にいて、大思想を持たないしあわせと、いくばくかの
劣等感とを、日々あじわっている。
10.(本川
達雄「島の
法則」)