長文集  2月3週  ★島に住む動物と大陸(感)  ne-02-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】島に住む動物と大陸に住む動物とで
は、体の大きさが違 う。ゾウのような大形
のものを比べると、島のものは大陸のものよ
り、体が小さくなる傾向がある。島はせまい
。小さな島で物が小さくなっていくのはもっ
ともな話のようだが、事態はそう単純ではな
い。【2】ネズミやウサギのような小形のも
のを比べると、こちらは島のほうが大陸より
、ずっと大きい。
 島では大きいものは小さくなり、小さいも
のは大きくなる。島に隔離された動物に見ら
れる、このような体のサイズの変化の方向性
が「島の法則」と呼ばれるものだ。【3】変
化の方向性は、いま現に生きているものだけ
を見ているより時間を追って化石を調べてい
ったほうが、はっきりする。大氷河時代には
海面が下がり、多くの島が大陸とつながった
が、深い海でへだてられていたもの(セレベ
ス、地中海の島々、西インド諸島など)は島
として残り、そこではゾウ・カバ・シカ・ナ
マケモノなどが小形化していった。
 【4】もっともあざやかなのはゾウの例だ
。ゾウはだんだんと小さくなり、ついには成
獣になっても肩までの高さが一メートル、仔
牛ほどしかないものが出現した。大陸では巨
大なマンモスがのし歩いていたのである。【
5】一方ネズミを見てみると、島のネズミは
大きくなり、ネコほどもあるものが出現した

 なぜ島では動物のサイズが変化するのだろ
うか? 一つの要因は捕食者であろう。島と
いう環境は、捕食者のすくない環境である。
【6】一般的に言って、捕食者が生きていく
には、自身の十倍以上のえさになる動物を必
要としている。島という限られた面積の中で
は、えさになる動物の数もたかがしれてくる
わけで、そのくらいの数では捕食者は生きて
行けなくなり、島では捕食者がほとんどいな
い、もしくはまったくいないという状況が出
現する。【7】こういう状況下ではゾウは小
さくなり、ネズミは大きくなっていく。
 ゾウはなぜ巨大なのか? それは大きな図
体で捕食者を圧倒しようとしているからだ。
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あれだけ巨大ならばトラもライオンも歯がた
∵たない。ネズミはなんであんなに小さいの
か? 【8】小さければ捕食者の目につきに
くいし、小さな穴やものかげにすばやくかく
れることもできる。ゾウやネズミはだてに大
きかったり小さかったりしているわけではな
い。
 巨大であることや矮小であることは、それ
なりの代価を支払わねばならぬことである。
【9】たとえば巨大な体を支える骨格系には
かなりの無理がかかっているようで、ゾウは
骨折などせぬよう、一歩一歩慎重に足をはこ
んでいく。ネズミの場合にはエネルギー上の
問題がある。体の小さいものほど、体重の割
には体の表面積が大きい。【0】熱は表面か
らどんどん逃げていくから、体温を一定に保
とうとおもったら、小さい動物は、体重あた
りにして、大きいものよりずっとたくさん食
べて熱をつくりださねばならない。体重は半
分でも、食料は半分というわけにはいかない
のである。
 ゾウの巨大さは畏敬の念を引きおこすもの
だ。しかしゾウにしてみれば、大きいからみ
んなハッピー、というものでもなく、できれ
ば「ふつうの動物」にもどりたいのであろう
。ネズミにしたってそうだ。だからこそ、捕
食者のいない環境に置かれると、大きいもの
は小さく、小さいものは大きくなって、ほ乳
類として無理のないサイズにもどっていく―
―これが島の法則の一つの解釈である。
 しばらくアメリカの大学で過ごす機会を得
た。あちらの教授陣の中にはおそれいるばか
りの偉人がいて、これでは太刀打ちできない
なと、すっかり思い知らされたが、一歩大学
の外に出ると、スーパーのレジにしても、自
動車修理工にしても、あきれるほど対応がの
ろいし不適切。一般の日本人の有能さに、い
まさらながら気づかされた。日本という島国
では、エリートのスケールは小さくなり、ず
ばぬけた巨人とよびうる人物は出て来にくい
。逆に小さい方、つまり庶民のスケールは大
きくなり、知的レベルはきわめて高い。大き
いものは小さくなり、小さいものは大きくな
る――島の法則は人間にも当てはまりそうだ

 獰猛な捕食者に比せられる様々な思想と戦
い、きたえぬかれた大∵思想を、大陸の人々
は生み出してきた。偉大なこととして尊敬し
たい。しかしこれらの大思想は、人間が取り
組んで幸福に感ずる思考の範囲を、はるかに
こえてしまっているのかもしれない。動物に
無理のない体のサイズがあるように、思想も
人類に似合いのサイズがあるのではないか。
日本よりさらに小さな島にいて、大思想を持
たないしあわせと、いくばくかの劣等感とを
、日々あじわってい る。

(本川達雄「島の法則」)