長文集  2月2週  ★チョウチンアンコウ(感)  ne-02-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】チョウチンアンコウには、上唇のす
ぐ上に背びれから変わったイリシウムと呼ば
れるただ一本のアンテナがある。
 イリシウムの先端には、エスカという丸い
ふくらみがあり、この部分が発光するのでチ
ョウチンアンコウの名がある。【2】世界的
に有名な深海魚である。チョウチンアンコウ
の最初の記録は一八三七年であるから、もう
一五五年も昔から大勢(おおぜい)の学者の
興味を引いていた。しかし生きたチョウチン
アンコウがどのようにして光るのかは、長ら
くだれも知らなかった。【3】一九六七年、
日本の水族館においてそれが確かめられた。
 その年の二月二〇日、鎌倉の海岸の波打ち
際で一ぴきのチョウチンアンコウが海岸に遊
びに来ていた一般の人に拾われた。【4】こ
れは珍しい魚だということで、そのチョウチ
ンアンコウは、段ボール箱に入れられて、八
キロ離れた江ノ島水族館に運ばれ、海水に戻
したところ元気を取り戻し、八日間生きた。
わが国での、そして、たぶん世界でのチョウ
チンアンコウの最長生存記録である。
 【5】連絡を受けて逗子の自宅からかけつ
けた横須賀市自然博物館の羽根田博士は、チ
ョウチンアンコウが水槽の中で発光する様子
をくわしく観察されて学術報告を書かれ、後
日、私にもそのいきさつを直接話して下さっ
た。【6】温厚な博士が、その時の思い出話
をして下さっているうちに、だんだん興奮さ
れるのを見てびっくりした。そんなにもたい
へんなことだったのだと、再確認した。
 【7】生きているチョウチンアンコウのイ
リシウムの先端には、小さなザクロの実のよ
うに丸くふくらんだエスカがあり、乳白色半
透明の上に銀色と淡紅色(たんこうしょく)
のリングがあって、暗いところで青白く光っ
て見えた。魚をつついて刺激すると、イリシ
ウムを立て、エスカから明るく光る発光液を
前方に向けて噴出し た。【8】エスカの左
右にある肉質突起の先端で真珠のような白い
小球が光を放ち、エスカから垂れ下がる黒く
て細長いフィラメントの先端にも小さな発光
器∵があって、魚がイリシウムを振り動かす
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と、これもキラキラと美しく光った。
 【9】「この生きたチョウチンアンコウは
、今までのいろいろな謎をといてくれた。こ
のような機会はおそらくもうないであろう」
と、横須賀市自然博物館の報告に書き添えら
れた羽根田博士にとって、あの日は一生で一
番幸せな日だったことであろう。
 【0】もっとも、深海魚の発光が水族館で
観察された例は、これが初めてではない。
 ずっとさかのぼって、イタリアのナポリ水
族館では、一八九九年に生きたダルマザメの
発光がガラス越しに観察されている。このサ
メは長くは生存しなかったらしいが、これが
たぶん、生きた発光魚を水族館で観察した、
最古の観察記録ではないだろうか。ナポリ水
族館は、一八七四年にオープンした海洋研究
所の附属水族館で、サンタルチアの海岸に面
して建ち、とくにわが国の大学臨海実験所の
モデルにされてきた水族館である。
 また駿河湾に話を戻すと、ここにはツラナ
ガコビトザメという世界一小さなサメがいる
。成長のいい個体でも二五センチ止まり、ふ
つうは一二、三センチの小さなサメで、頭が
大きく三等身なので、ツラナガの名がある。
体の下半分一面に小さな発光器が散在し、尾
びれと腹びれの一部に白い部分があって、こ
こがとくに強く光る。羽根田博士はツラナガ
コビトザメの発光が発光ザメの中で、最も美
しく見事であると太鼓判を押している。
 ツラナガコビトザメは、駿河湾ではサクラ
エビといっしょに海面近くまで浮上し、サク
ラエビの網に入る。個体数は多くもないがま
れでもない。駿河湾でとれる深海の発光ザメ
は、ツラナガコビトザメ以外にも、フジクジ
ラ、カラスザメ、カスミザメと、数多い。サ
メばかりではない。駿河湾は発光生物の宝庫
なのだ。発光しない深海生物ならば、その種
類はもっと多い。
 ところが、そのことごとくがまだ水族館で
は飼えないでいる。東海大学海洋科学博物館
では、一九八九年以来生きた化石といわれる
ラブカを中心に、駿河湾の深海魚の飼育に挑
戦してきた。しか∵ し、正直いって、前途
遼遠である。ラブカやギンザメもメンダコ 
も、ようやく一〇日間程度は生かしつづける
ことはできたが、それは残念ながら飼育した
というよりも生存していたという方がふさわ
しい。
 深海魚が水族館で飼えないのは、それが深
海に棲んでいるという事実よりも、深海に棲
んでいるために皮膚や内臓が傷つきやすい、
体がもろくてこわれやすい、環境の変化に弱
いという理由の方が大きいようだ。水族館で
は、傷つき弱って入ってきた魚の健康を回復
させることがほとんどできないので、そこが
一番弱い。それでも、駿河湾の海岸に建って
いる水族館に勤務する一人として、いつかは
発光魚を含む深海生物が水族館で生きている
のを見たい、見せてあげたいと思う。水温も
、比重も、水質も、明るさも、自在に調節で
きるようになった現在の水族館で、未解決の
課題として挑戦するのにふさわしい相手であ
ろう。