長文集  2月1週  鬼は内、福も内  ne-02-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 12:09:43
【1】「今年の恵方は、南南東だから、窓の
方を向いて食べるの よ。」 
そう言って、母は、恵方巻きを家族みんなに
配った。父は、 
「恵方だか阿呆だか知らないけど、昔は、こ
んなことはやらなかったなあ。」 
などとぶつぶつ文句を言っている。【2】そ
んな父を横目で見ながら、母は、 
「さあ、始めるわよ。用意、スタート。」 
と、威勢のいいかけ声をかけた。そのかけ声
に後押しされるようにみんなで恵方巻きを食
べ始める。恵方巻きを食べるときには笑って
はいけない。【3】「笑う門には福が来る」
ということわざも、節分には通用しないらし
い。 
 私はいつも、なぜか笑いをこらえきれなく
なり、くすくすと笑ってしまう。だから、今
年こそは、最後まで笑わずに食べようと決心
していた。しかし、スタートと同時に、もう
笑いが込み上げてく る。【4】しばらくは
、必死にその笑いをこらえていたが、こらえ
ればこらえるほど、おかしさがつのり、私は
思わず吹き出してしまった。それをきっかけ
に、姉が笑い出し、私たちを横目で見ていた
父の表情も崩れた。気づくと、父は、目に涙
を浮かべながらくっくっくっと笑いをこらえ
ている。【5】そんな中、ただ一人冷静なの
は、母だ。顔色一つ変えず、南南東を向いて
、黙々と恵方巻きを食べている。姉も私も、
母の、この強靭な精神力を受け継がなかった
ようだ。 
 恵方巻きを食べた後は、これも恒例の豆ま
きだ。【6】父も、豆まきには積極的に参加
する。いちばん大きな声を張り上げているの
は父だ。我が家では、毎年「鬼は外、福は内
」と言いながら豆をまくが、地方によっては
、「鬼は内」とかけ声をかけるところもある
そうだ。【7】私は、みんなの幸せを願う節
分の日に、鬼だけ外に追い出すという発想に
、かねてから疑問を抱いていた。鬼も幸せに
なれば悪さをしないと思うからだ。だから、
「鬼は内」とかけ声をかけるように父に提案
してみた。【8】父は、∵
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「昔から、鬼は外、福は内と決まっているん
だ。鬼はお庭にお逃げなさいってなもんだ。
」 
と取り合ってくれない。習慣とは恐ろしいも
のだ。仕方がないの で、私は、心の中で「
鬼は内、福も内」と言いながら豆まきをし 
た。 
 【9】豆をまいた後は、みんなで年の数だ
け豆を食べるのだが、姉も私も年の数だけで
は足りず、年の数の何倍も豆を食べてしま 
う。年の数以上の豆を食べるとどうなるのか
心配だったので、調べてみると、自分の年の
数より一つ多く食べると、体が丈夫になっ 
て、風邪をひかないという説もあることを知
り、ほっとした。【0】年の数の何倍も食べ
れば何倍も丈夫になるに違いない。さらに調
べてみると、豆は「魔滅(まめ)」に通じ、
鬼に豆をぶつけて、邪気を追い払うという意
味があるらしい。私は、ますます鬼がかわい
そうになった。せめて、豆をぶつけた後は、
家に入れて、介抱してあげてもよいのではな
いだろうか。 
 節分のような日本独特の行事は、そのいわ
れを正しく理解し、後世に伝えていくことも
大事だが、それ以上に大切なのは、家族そろ
って季節ごとの行事を楽しみ、温かい時間を
過ごすことだと思う。 
「しょうがない。鬼も中に入れてやろう。鬼
は内、福も内。」 
父の声が響いている。 

(言葉の森長文作成委員会 Λ)