長文集  1月4週  ○ぼんゴロ二つを  ne-01-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2014/12/14 12:51:48
 ぼんゴロ二つをだしただけで、ぼくらはア
オたちを無得点におさえ、なんなく一回表を
おえた。てんで気をよくしちゃったぼくら 
は、いきおいにのって攻撃にうつった。
「小細工よりも、じゃかすか、かっとばしな
さい。むこうのボールは、内角低めをねらっ
てるだけだから、バットを短めに持ってあわ
せていくのよ。」
 キリコがしんけんな目つきで、ぼくらに作
戦をあたえてくれる。いまじゃキリコはぼく
らの監督けんコーチで、ぼくらに負けないく
らい試合に身を入れてくれるんだ。こいつは
いっそうぼくらをはりきらせた。
 試合は五回戦だけど、やつらもなかなかね
ばる。それに四回戦になると、暑さのせいか
、ジックのボールのスピードがおちた。こい
つをばちばちひっぱたかれて、二塁打一つ、
三塁打二つを取られちまった。得点は八?六
と、まだリードしてたけど、ジックはすっか
りくさり、くさったとこへ、アオのやつが、
みんなをあおりたててやじりはじめた。ジッ
クは完全にダウンだ。コントロールまでみだ
れちゃって、暴投を二度もやり、四球やエラ
ーを続出させた。
 どうにか守備陣がそれをカバーして、とに
かく四回の表はおわらせたけど、結果はさん
たんたるもので、八?十とひどい逆転をやら
れちまった。
 ベンチにもどると、ジックはグローブを力
いっぱい地面にたたきつけた。
「おれは、もう、野球をやめた!」
 そうとう頭にきちゃったらしくて、ぼくや
キリコがいくらなだめても、ますますかっか
っしちゃうばかりなんだ。ぼくもすぐ頭にき
ちゃうほうだけど、ジックのはちょっと特別
製なんだ。
 ミツコやデッコが、景気づけのために、み
んなをリードして、いせいのいい歌をうたっ
てくれたりしたけど、ぼくらはしょぼくれち
まって、戦意もだんだん遠のいてくんだ。
「おどろいた子たちね。わたしがいつもいっ
てるでしょ。『勝ち』『負け』で、なんでも
わりきっちゃおうとするから、そんなことに
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なるのよ。さあ、負けるとわかっても、戦う
だけは戦わなければいけないわ。どんなはめ
になったって、その中でせいいっぱいの努力
をするのよ。」∵
 キリコはバッターに立つ者ひとりひとりの
しりを、大きな手で、ぴしゃぴしゃひっぱた
いては元気づけた。が走者、一、三塁のチャ
ンスもむなしく、無得点におわっちまった。
 まだふてくされているジックをとりまいて
、守備につく気にもなれず、ぼくらは、タイ
ムを要求して、ぶらぶらしていた。
 六組のきたないやじは、ますますさかんに
なってくる。ミツコやデッコたちが、負けず
にやりかえすのだけど、それもなんだかしだ
いにいきがさがる。ぼくも最初のうちは、み
んなとどなったりしていたんだけど、ジック
のがんこさにあきれ、ジックにはらをたて 
た。
「じゃあ、おまえは、この試合を不戦敗にし
ようってのかい。」
 ぼくはジックをにらみつけた。けど、ジッ
クのやつグローブをひっぱたくばかりで、さ
っきからなにもいわないんだ。
 ピッチャーはジックしかいないから、ぼく
らはもうどうしようもないんだ。ほかのやつ
に投げさせれば、もっともっとわるい結果に
なるのはわかりきっている。それでここんと
こは、どんなことしたって、なんとかジック
に投げてもらわなけりゃならない。とぼくは
決心した。
「あ、あのサブちゃん――。」
 そのとき、おずおず横のほうから、ぼくに
話しかけたやつがい た。
「なんだ。うるさいな。」
 ふりむいてぼくはそいつをにらみつけた。
すっかりいらいらしてたんだな。
 立っていたのは金井だった。みんながなに
ごとかというふうに、金井のまわりに集まっ
てきた。さじを投げたように、遠くのベンチ
からぼくらをながめていたキリコも、立ちあ
がってこっちを見て る。
「ぼくに、投げさせて、みてよ。」
 ひとつひとつのことばを、くぎるように、
金井ははっきりいっ た。
「なんだって!」
 ぼくはじぶんの耳をうたがった。もやしの
うまれかわりみたいにひょろひょろして、お
まけに、いままでだって野球をしてるのなん
か見たこともないやつなんだから、それもむ
りないというもんだ。∵
 ところが金井のやつ、よっぽど心をきめて
るらしく、もいちどはっきり、
「ぼくに投手をやらせてよ。」
といったんだ。ぼくは思わずわらっちまった
。でも、金井の顔は真剣なんだな。奥歯をぎ
ゅっとかみしめて、まともにぼくを見つめる
ようすにあっとうされて、ぼくらはだまりこ
んじまった。
「よし!」と、ぼくは金井の上気した顔にむ
かっていた。「投げてみろ。」
 みんながざわめいた。ベンチにいたジック
が、なにかいいたそうだったけど、ぼくはか
まわずみんなにかたを組ませ、「いくぞ  
っ!」とさけんだ。みんなもさけんだ。ぼく
らは七度さけんだ。ミツコやデッコたちみん
ながかん声をあげ、拍手し、ぼくらをはげま
した。ジックがベンチでそわそわしてた。キ
リコがぼくらにウインクを送ってよこした。
 金井はファーストミットを取った。
「おまえはピッチャーをやるんだろ。」
と、ぼくはすこしあきれていった。みんなが
わらった。
「これが使いなれてるんだ、ごめんよ。」
 金井はわらい、それから、ベンチに取り残
されたようにすわり、しりをもぞもぞ動かし
ているジックのところにかけていった。
「いっしょうけんめい投げてみるから、その
あいだにちょうしをなおしといてよね。」
金井はそれだけいいおわると、ひどくはずか
しいことをしたかのように走ってマウンドに
のぼった。
 ぼくら九人は顔を見あわせ、ちょっとくち
びるをかんでわらっ た。やれるとぼくらは
思った。そうさ、六組になんか、負けてたま
るもんか! ぼくは、ジックにしかめっつら
を作っておどけてみ せ、みんなといっしょ
に、声をだしあいながらポジションについ 
た。
 金井は左だった。うまいというほどではな
かったけど、コントロールがきいたから、左
だというだけで、けっこう六組の攻撃をおさ
えることができた。それでもその回で二点入
れられた。∵
 スコアは八?十二だ。だけど、それぐらい
はものの数ではなかった。やる気じゅうぶん
のいま、四点ぐらい、なんなくとりもどせる
と思えた。自信は前からあったんだ。ただ、
くさっちまって、やる気をなくしてただけな
のさ。
「お天気屋さんたち、がんばるのよ。野球は
最終回の裏からよ。」
 キリコは金井の頭に手をおいて、ぼくらを
はげました。
 金井はジックにむかって、
「打つほうはてんでだめだから。」
と、バッターをゆずった。ジックだって、い
つまでもぐずぐずしてるやつじゃない。
「すまん。」と、金井を見ていい、「さっき
はわるかったな。」
と、ぼくらにいった。ぼくらはジックをひや
かしてわらった。
「ほんとに、ありがと。」と、ジックはもい
ちど金井にいった。
 金井はまっかになってうつむき、しきりと
二点入れられたことを気にした。ぼくらは金
井のせなかやかたや、頭をたたき、「気にす
るな。」「ドンマイ。」「ドンマイ。」
といった。クラスのみんなが、いせいのいい
歌をうたう中で五回の裏、ぼくらは最後の攻
撃をかけた。

(後藤竜二「天使で大地はいっぱいだ」)