ネコヤナギ の山 1 月 4 週 (5)
○ぼんゴロ二つを   池新  
 ぼんゴロ二つをだしただけで、ぼくらはアオたちを無得点におさえ、なんなく一回表をおえた。てんで気をよくしちゃったぼくらは、いきおいにのって攻撃にうつった。
「小細工よりも、じゃかすか、かっとばしなさい。むこうのボールは、内角低めをねらってるだけだから、バットを短めに持ってあわせていくのよ。」
 キリコがしんけんな目つきで、ぼくらに作戦をあたえてくれる。いまじゃキリコはぼくらの監督けんコーチで、ぼくらに負けないくらい試合に身を入れてくれるんだ。こいつはいっそうぼくらをはりきらせた。
 試合は五回戦だけど、やつらもなかなかねばる。それに四回戦になると、暑さのせいか、ジックのボールのスピードがおちた。こいつをばちばちひっぱたかれて、二塁打一つ、三塁打二つを取られちまった。得点は八?六と、まだリードしてたけど、ジックはすっかりくさり、くさったとこへ、アオのやつが、みんなをあおりたててやじりはじめた。ジックは完全にダウンだ。コントロールまでみだれちゃって、暴投を二度もやり、四球やエラーを続出させた。
 どうにか守備陣がそれをカバーして、とにかく四回の表はおわらせたけど、結果はさんたんたるもので、八?十とひどい逆転をやられちまった。
 ベンチにもどると、ジックはグローブを力いっぱい地面にたたきつけた。
「おれは、もう、野球をやめた!」
 そうとう頭にきちゃったらしくて、ぼくやキリコがいくらなだめても、ますますかっかっしちゃうばかりなんだ。ぼくもすぐ頭にきちゃうほうだけど、ジックのはちょっと特別製なんだ。
 ミツコやデッコが、景気づけのために、みんなをリードして、いせいのいい歌をうたってくれたりしたけど、ぼくらはしょぼくれちまって、戦意もだんだん遠のいてくんだ。
「おどろいた子たちね。わたしがいつもいってるでしょ。『勝ち』『負け』で、なんでもわりきっちゃおうとするから、そんなことになるのよ。さあ、負けるとわかっても、戦うだけは戦わなければいけないわ。どんなはめになったって、その中でせいいっぱいの努力をするのよ。」∵
 キリコはバッターに立つ者ひとりひとりのしりを、大きな手で、ぴしゃぴしゃひっぱたいては元気づけた。が走者、一、三塁のチャンスもむなしく、無得点におわっちまった。
 まだふてくされているジックをとりまいて、守備につく気にもなれず、ぼくらは、タイムを要求して、ぶらぶらしていた。
 六組のきたないやじは、ますますさかんになってくる。ミツコやデッコたちが、負けずにやりかえすのだけど、それもなんだかしだいにいきがさがる。ぼくも最初のうちは、みんなとどなったりしていたんだけど、ジックのがんこさにあきれ、ジックにはらをたてた。
「じゃあ、おまえは、この試合を不戦敗にしようってのかい。」
 ぼくはジックをにらみつけた。けど、ジックのやつグローブをひっぱたくばかりで、さっきからなにもいわないんだ。
 ピッチャーはジックしかいないから、ぼくらはもうどうしようもないんだ。ほかのやつに投げさせれば、もっともっとわるい結果になるのはわかりきっている。それでここんとこは、どんなことしたって、なんとかジックに投げてもらわなけりゃならない。とぼくは決心した。
「あ、あのサブちゃん――。」
 そのとき、おずおず横のほうから、ぼくに話しかけたやつがいた。
「なんだ。うるさいな。」
 ふりむいてぼくはそいつをにらみつけた。すっかりいらいらしてたんだな。
 立っていたのは金井だった。みんながなにごとかというふうに、金井のまわりに集まってきた。さじを投げたように、遠くのベンチからぼくらをながめていたキリコも、立ちあがってこっちを見てる。
「ぼくに、投げさせて、みてよ。」
 ひとつひとつのことばを、くぎるように、金井ははっきりいった。
「なんだって!」
 ぼくはじぶんの耳をうたがった。もやしのうまれかわりみたいにひょろひょろして、おまけに、いままでだって野球をしてるのなんか見たこともないやつなんだから、それもむりないというもんだ。∵
 ところが金井のやつ、よっぽど心をきめてるらしく、もいちどはっきり、
「ぼくに投手をやらせてよ。」
といったんだ。ぼくは思わずわらっちまった。でも、金井の顔は真剣なんだな。奥歯をぎゅっとかみしめて、まともにぼくを見つめるようすにあっとうされて、ぼくらはだまりこんじまった。
「よし!」と、ぼくは金井の上気した顔にむかっていた。「投げてみろ。」
 みんながざわめいた。ベンチにいたジックが、なにかいいたそうだったけど、ぼくはかまわずみんなにかたを組ませ、「いくぞっ!」とさけんだ。みんなもさけんだ。ぼくらは七度さけんだ。ミツコやデッコたちみんながかん声をあげ、拍手し、ぼくらをはげました。ジックがベンチでそわそわしてた。キリコがぼくらにウインクを送ってよこした。
 金井はファーストミットを取った。
「おまえはピッチャーをやるんだろ。」
と、ぼくはすこしあきれていった。みんながわらった。
「これが使いなれてるんだ、ごめんよ。」
 金井はわらい、それから、ベンチに取り残されたようにすわり、しりをもぞもぞ動かしているジックのところにかけていった。
「いっしょうけんめい投げてみるから、そのあいだにちょうしをなおしといてよね。」
金井はそれだけいいおわると、ひどくはずかしいことをしたかのように走ってマウンドにのぼった。
 ぼくら九人は顔を見あわせ、ちょっとくちびるをかんでわらった。やれるとぼくらは思った。そうさ、六組になんか、負けてたまるもんか! ぼくは、ジックにしかめっつらを作っておどけてみせ、みんなといっしょに、声をだしあいながらポジションについた。
 金井は左だった。うまいというほどではなかったけど、コントロールがきいたから、左だというだけで、けっこう六組の攻撃をおさえることができた。それでもその回で二点入れられた。∵
 スコアは八?十二だ。だけど、それぐらいはものの数ではなかった。やる気じゅうぶんのいま、四点ぐらい、なんなくとりもどせると思えた。自信は前からあったんだ。ただ、くさっちまって、やる気をなくしてただけなのさ。
「お天気屋さんたち、がんばるのよ。野球は最終回の裏からよ。」
 キリコは金井の頭に手をおいて、ぼくらをはげました。
 金井はジックにむかって、
「打つほうはてんでだめだから。」
と、バッターをゆずった。ジックだって、いつまでもぐずぐずしてるやつじゃない。
「すまん。」と、金井を見ていい、「さっきはわるかったな。」
と、ぼくらにいった。ぼくらはジックをひやかしてわらった。
「ほんとに、ありがと。」と、ジックはもいちど金井にいった。
 金井はまっかになってうつむき、しきりと二点入れられたことを気にした。ぼくらは金井のせなかやかたや、頭をたたき、「気にするな。」「ドンマイ。」「ドンマイ。」
といった。クラスのみんなが、いせいのいい歌をうたう中で五回の裏、ぼくらは最後の攻撃をかけた。

(後藤竜二「天使で大地はいっぱいだ」)