長文集  1月2週  ★そっ啄(そったく)(感)  ne-01-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:23
 【1】そっ啄の機という言葉がある。得が
たい好機の意味で使われる。比喩であって、
もとは、親鶏(おやどり)が、孵化しようと
している卵を外からつついてやる、それと卵
の中から殻を破ろうとするのとが、ぴったり
呼吸の合うことをいったもののようである。
 【2】もし、卵が孵化しようとしているの
に親鶏(おやどり)のつつきが遅れれば、中
で雛(ひな)は窒息してしまう。逆に、つつ
くのが早すぎれば、まだ雛(ひな)になる準
備のできていないのが生まれてくるわけで、
これまた死んでしまうほかはない。
 【3】早すぎず遅すぎず。まさにこのとき
というタイミングがそっ啄の機である。
 自然の摂理はおどろくほど精巧らしいから
、ほかにもいろいろな形でそっ啄の機に相当
するものがあるに違いないが、かえる卵はも
っとも劇的なものといってよかろう。
 【4】われわれの頭に浮かぶ考えも、その
初めはいわば卵のようなものである。そのま
までは雛(ひな)にもならないし、飛ぶこと
もできない。温めてかえるのを待つ。
 時間をかけて温める必要がある。だからと
いって、いつまでも温めていればよいという
わけでもない。【5】あまり長く放っておけ
ばせっかくの卵も腐ってしまう。また反対に
、孵化を急ぐようなことがあれば、未熟卵(
らん)として生まれ、たちまち生命を失って
しまう。
 ちょうどよい時に、卵を外からつついてや
ると、雛(ひな)になる。【6】たんなる思
いつきが、まとまった思考の雛(ひな)とし
て生まれかわる。
 われわれはほとんど毎日のように、何かし
ら新しい考えの卵を頭の中で生み落としてい
る。ただそれを自覚しないだけである。これ
がりっぱな思考に育つのは、実際にごくまれ
な偶然のように考えられている。
 【7】卵はおびただしく生まれているのに
、適時に殻を破ってくれるきっかけに恵まれ
ないために、孵化することなく、闇から闇へ
葬り去られているのであろう。∵
 逆に、外から適当な刺激が訪れて、破るべ
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き卵の殻がありさえすれば、孵化が起こるの
にと思われるときもすくなくなかろう。【8
】ところがそういう時に限って、皮肉にも頭
の中にちょうどその段階に達している卵がな
い、ということが多い。せっかく、ついばむ
力が外から加わっているのに、こうしてむな
しく機会を逸してしまうことになる。
 【9】頭の中に卵が温められていて、まさ
に孵化しようとしているときなら、ほんのち
ょっとしたきっかけがあれば、それで雛(ひ
な)がかえる。この千に一番のかね合いが難
しい。それでそっ啄の機が偶然の符合のよう
に思われるのである。【0】古来、天来の妙
想、インスピレーション、霊感などといわれ
てきたのも、それがいかに稀有のことである
かを物語っている。
 たとえ稀有だとしても、起こることは起こ
っているのである。人間ならだれしも霊感の
きっかけの訪れは受けるはずで、それをイン
スピレーションにするか、流れ星のようなも
のにしてしまうかの違いにすぎない。これに
は運ということもある。いくら努力してみて
も運命の女神がほほえみかけてくれなければ
、着想という雛(ひ な)はかえらないであ
ろうと思われる。もっともどんなに運命が味
方してくれても、もとの卵がないのでは話に
ならない。人事を尽くして天命を待つ。偶然
の奇蹟の起こるのを祈る。
 すこし話が神秘的になってきた。もっと日
常的な次元で考えてみよう。
 何でもない人間と人間とが、たまたま知り
合いになる。互いに不思議な感銘を与え合っ
て、それがきっかけになって、めいめいの人
生がそれまでとは違ったものになるというこ
とがある。出会いである。一期一会だという

 ほかの人たちとどれほど親しく交わってい
ても得られなかったものが、何気ない出会い
で与えられる。ここにもそっ啄の機が認めら
れる。われわれはそれと気付かずに、そうい
う偶然を一生さがし求∵めつづけているのか
もしれない。
 それにめぐり会えたとき、奇蹟が起こると
いうわけだ。
 難解な本は一度ではよくわからない。それ
に絶望しないで、くりかえし読んでいると、
そのうちに理解できるようになる。読書百遍
意おのずから通ず。古人はそう教えた。思考
も同じことで、初めから全体がはっきりする
ことはすくない。何度も何度も考えているう
ちに、自然に形をあらわしてくる。
 人間にとって価値のあることは、大体にお
いて、時間がかかる。即興に生まれてすばら
しいものもときにないではないが、まず普通
はじっくり時間をかけたものでないと、長い
生命をもちにくい。寝させておく。温めてお
く。そして、決定的瞬間の訪れるのを待つ。
そこでことはすべて一挙に解明される。
 『論語』の冒頭にある一句「学ビテ時ニ之
(これ)ヲ習フ、亦説(よろこ)バシカラズ
ヤ」も読書百遍と同じように考えることがで
きるかもしれない。勉強したことを機会ある
ごとに復習している と、知識がおのずから
ほんものになって身につく。それが愉快だと
いうのである。学んで時にこれを習う、そっ
啄の機はいつやってくるかしれない、折にふ
れて立ち返ってみる必要がある、と教えてい
るのであろうか。