【1】「うーん、どう書こうかなあ」 私にとって、毎年の年賀状作りは大変なも のだ。なぜかという と、ついつい凝りすぎ てしまうからである。やはり年賀状は手書 き、手作りがいちばんだと思う。【2】父は パソコンで年賀状を印刷しているが、私は断 固として手作りにこだわっている。一枚一 枚、感謝の思いを込めながら、宛名を書く。 もちろん、裏面(うらめん)だってすべてオ リジナルの構図を考えて作っていく。 【3】今年の年賀状では、いも判に挑戦し てみた。サツマイモを輪切りにして、彫刻刀 で削ってハンコにするのだ。かなり大変だっ たが、干支(えと)である「卯」や、「賀正 」という文字を彫っ た。 【4】そんなふうに手をかけるので、出来 上がった年賀状を出すのはいつもぎりぎりだ 。分厚い年賀状の束をポストに押し込んで、 私はようやく、安心してお正月を迎えられる 。 【5】しかし、私の年賀状作りは、年が明 けてもまだ終わらな い。毎年必ず、私が出 さなかった意外な人から年賀状が届くから だ。こういう驚きがあることも、新年の楽し みの一つだろう。【6】けれども、もらった 年賀状には返事を書かなければいけない。そ うして私は、またまた机に向かう羽目になる 。 今年のお正月、そんなときに事件は起きた 。 【7】「いも判がない!」 私が叫ぶと、こたつでくつろいでいた家族 が、一斉にこちらを見た。一生懸命作ったい も判が、いつの間にかなくなっていたのだ。 これでは返事を書くことができない。 【8】家族を無理やり起こして、こたつ布 団(ぶとん)を引きはがしてまで探した。ま るで、去年やり忘れた大掃除を今ごろやって いるかのようなありさまだった。しかし、そ れでも見つからない。∵ 【9】私がしょげていると、飼い犬のユメ が足元に寄ってきた。慰めてくれるのかと感 動したが、よく見ると、その口あたりの毛が |
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赤くなっている。私はハッとした。 「犯人は、おまえだな!」 【0】そう。なくなったいも判は、今はユ メのお腹(なか)の中(なか)。材料がおい もだっただけに、置いておいたものをユメが ぺろりと食べてしまったのだ。 「では、おまえをいも判の代わりに」 私はユメをつかまえると、その肉球に朱肉 をつけて、返事の年賀状にペタン、と押した 。いも判ならぬ「いぬ判(ばん)」というわ けだ。自分のしたことが分かっていないのか 、ユメはうれしそうにしっぽを振っていた。 「えーと、干支(えと)じゃないけどごめん ね。」 戌年ならよかったのに、と私は心の中でつ ぶやいた。だが、これはこれでかわいらしく て、いいかもしれない。 「災い転じて福となす」ということわざもあ る。こだわって作るのもいいが、とっさにひ らめくアイデアで対処することも大切だ、と わかった気がした。 「うん、これでよし!」 私は笑顔で、ユメと顔を見合わせた。 (言葉の森長文作成委員会 ι) |