長文集  5月2週  ★さて、人間を科学的に(感)  na-05-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】さて、人間を科学的に知ろうとする
と、えてして人間を、機械のように考えよう
とする傾向があります。心臓はポンプで、眼
はカメラで、脳はコンピューターのようなも
の、と考えたりしま す。テレビのSF作品
にも、よく登場する機械のような人間や、人
間のような機械がそれです。
 【2】人体を機械と同じように、心臓や胃
などの部分品が集まってできているものと考
える考え方では、胃がおかしいときには胃と
いう部分品が故障したと考えます。そうして
、胃を修繕しさえすれば、病気が治ったと考
えることになります。
 【3】また、脳とコンピューターを同じに
考える人には、いまのコンピューターは脳の
代わりを完全につとめることはできないまで
も、ある面では脳よりもすぐれているように
みえます。そうして、いつの間にか、コンピ
ューターと同じようにはたらく脳をすぐれた
脳と思うようになります。【4】速く正確に
計算ができたり、なんでもそのまま記憶でき
たりすることが、アタマがよくなることだと
考えている人も少なくないでしょう。
 しかし、人間は機械と同じなのでしょうか
。人間は複雑な機械にすぎないのでしょうか
。【5】もちろん、人間には機械に似たとこ
ろもあります。そこで、人間のことを機械を
研究するように研究するのも無意味ではない
のですが、しかし、そこでわかることは人間
の一面だけなのです。それを暗示する例を一
つ紹介しましょう。
 【6】アメリカでは、一九七七年の建国二
〇〇年を記念するつもりでその何年も前から
火星へのロケット着陸とガン制圧という二つ
の大きな研究目標をたてました。このときま
でに科学者が力を合わせて大規模な研究をし
た結果、すでに人工衛星をつくることができ
たし、月旅行も成功していました。【7】従
って、この二つの大きな研究目標も同じよう
に達成できるという自信があったのでしょ 
う。ところが月旅行の技術を進歩させた火星
ロケットは成功しましたが、一方のガンの治
療の方はあきらめざるをえませんでした。【
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8】つまり、機械をつくる科学は急速に進歩
していますが、そういう科学では生物や人間
のことは必ずしもわからないのです。機械と
人間は同じで∵はないからです。
 それでは、どこが違うのでしょう。それは
、人間は、いつも生きるために行動するとい
うことが違うのです。【9】機械は生きてい
ませんから、生きるために行動するというこ
とはありません。「なんだ、そんなことか」
と君は思うかもしれません。しかし、問題は
それからです。つまり、この話は、生きると
はどういうことかがわからないと、ほんとう
の意味はわかりません。【0】
(中略)
 さらに、まだ違う点があります。機械なら
ば、いつも同じように動いている方がいい機
械だということになります。進んだり後れた
りする時計や、ときに動かないこともある自
動車などというものは故障している機械です
。しかし、人間はいつも同じことをしてはお
りません。人間は、ただ動いていればいいと
いうものではないのです。
 たとえば、君は毎日同じように学校に通っ
ていますが、一日一日の生活は、けっして同
じではありません。勉強や友達の話から新し
いことを一つでも知れば、それだけ君の生活
も変わります。とにかく、君が生まれたとき
には、ときどき泣いたりお乳を飲んだりする
だけで、あとはほとんど眠りつづけていると
いう赤ちゃんでした。
 その君が、いまはこの本を読むようになる
まで、毎日少しずつ変わってきているのです

 このように、変わってゆくのが人間ですが
、それは、ただ変わるのではなくて、進歩し
、高等になってゆくのです。機械は使ってゆ
くうちにむしろ性能が落ちてゆくのですから
、人間とはまるで反対です。つまり、人間は
ただ死なないように行動しているというので
はなく、進歩発展するという点で機械と違う
のです。生きるとはそういうことなのです。
 念のために書いておきますが、これは、人
間は進歩発展しなければならない、といって
いるのではなく、人間は進歩発展するように
つくられている、ということなのです。いや
でも、そうなるようになっている、というこ
とです。

(千葉康則「脳のはたらき」より)