1. 【1】
僕の
机は、兄からもらったものだ。しっかりした作りで茶色く光っている。よく見ると、何かのシールをはってはがした
跡がある。
2. ぼくがそれまで使っていた
机は、小さくて、
机の上に
資料を
並べきれないことがよくあった。【2】すると、それを見ていた母が、「お兄ちゃんの
机と
交換したら」と言ってくれた。兄は、近所にいる人が遠くの学校に行くようになったので、その
机をもらうようになったらしい。
3. こうして、
僕は、兄の大きい
机を使うことになった。【3】大変だったのは、これまでの
机の引き出しの中にある細々としたものを
移す作業だった。引き出しの中身を出してみると、いろいろ
懐かしいものが出てきた。いちばんの
収穫は、なくしたとばかり思っていたキラカードが出てきたことだ。【4】これは、小学校二年生のころに熱中したもので、もう今では遊ばないが、ぼくにとっては大切な
宝物だった。中身を
移したこれまでの
机は、もう古くなっていたので、
粗大ゴミに出すことになった。
4. その
晩、父が帰ってきて、ぼくの
机を見て言った。
5.【5】「おお、お兄ちゃんの
机にしたのか。今の子は、いいなあ。お父さんのころは、みんな、
食卓で勉強をしたんだぞ。」
6. 父が小学生のころ、食事のあとのテーブルで学校の宿題の作文を清書していたらしい。【6】最後の一
枚を仕上げて、「やっとできた。
万歳」と手を上げたときに、近くの
醤油を作文の上にこぼしてしまった。それを見た
祖母が、「一度はきれいに書いたんだから、いいんじゃない」と言ってくれたので、父は
醤油を
拭いてそのまま
提出することにした。【7】
翌日、
担任の先生はその作文を見ると、「これは味のある作文だ」と言って大笑いしたらしい。ぼくは、その話を聞いて、何だか昔ののどかな
映画を見ているような気がした。∵
7. 数日後、
粗大ゴミとなった昔の
机の
回収日が来た。【8】朝早く、ぼくと母は、
机を指定の場所に運んだ。中身が空っぽになった
机は、仕事をすっかり終えたおじいさんのようだった。ぼくが学校に行くときも、
机はまだそのままだった。
8. その日の
授業を終えて家に
戻るとき、朝、
机を置いた場所を見ると、そこにはもう何もなかった。【9】そのとき、
僕は、その
机は
僕の友達だったのだなあと分かった。
9. 家に入ると、兄からもらった新しい茶色の
机があった。それを見ていると、昔の
机が遠くからこう語りかけてくるようだった。【0】
10.「これまで長い間、ありがとう。
僕の仕事は新しい
机君に
引き継いだから
大丈夫。」
11. ぼくは、うんとうなずくと、新しい
机の上に静かにカバンを置いた。
12.(言葉の森長文作成委員会 Σ)