長文集  4月4週  ○電車や飛行機の中で  na-04-4
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2015/03/15 14:12:18
【長文が二つある場合、読解問題用の長文は
一番目の長文です。】
 いったい、ジャングルの破壊は何が原因な
のでしょうか。
 こうした地球的規模の問題には、次にあげ
るふたつの大きな、根本的な原因があると思
います。ひとつは、ジャングルがある国はい
ずれも発展途上国であり、貧しいこと。もう
ひとつは、先進国のむだの多いライフスタイ
ル(暮らし方)です。
 まず発展途上国の場合は、人口増加にとも
なって、ジャングルを大規模に切り開いて農
地にしたり、都市の人々を移住させたりして
います。また薪木の消費量が多くなり、森が
どんどんへっているため、女性は何時間もか
けて遠くの森まで薪木を拾いに行かなくては
ならないような状況も生じています。薪木が
手にはいりにくくなったからといって、燃料
をガスや電気にかえることもできません。こ
うした結果が、ジャングルの破壊につながっ
ているケースもあります。
 また発展途上国にとっては、ジャングルの
木々が重要な資金源でもあります。ジャング
ルは自然がつくったものですから、新たに何
かをつくり出す必要がなく、切って輸出すれ
ばお金になります。マレーシア、インドネシ
ア、フィリピンなど、ジャングルの破壊が大
きな問題になっている国では、いずれも木材
の輸出が国の経済の柱となっています。
 しかし発展途上国の経済を支える熱帯の木
材も、価格は今、戦後最低です。結局、今の
世界全体の経済構造そのものが、豊かな先進
国が動かしているような感じですから、いつ
も買いたたかれてしまうんです。安いから、
いくら切って売っても、たいしてお金にはな
らなくなってしまっています。
 ただでさえ苦しい国の経済状況に加えて、
外国からの借金も返さなくてはなりません。
そのためには、ジャングルを伐採するのもい
たしかたない、伐採をやめるわけにはいかな
いという事情があるのです。
 そのいっぽう、豊かな先進国では使い捨て
のものがふえるなど、∵むだの多い暮らし方
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が広まっています。これも、ジャングルを減
少させているのです。
 たとえば、ファストフードの代表格である
ハンバーガー。とくに欧米のハンバーガーを
つくるための安い牛肉は、中南米産がほとん
どです。中南米のジャングルは、この肉牛用
の大規模な牧場建設のために、半分以上がな
くなってしまったのです。
 豊かな先進国では、ハンバーガーを食べな
くても、他に栄養源はいくらでもあります。
木材にしても、なにも熱帯の木でなくてもか
まわないでしょう。つまり、先進国の人々に
は選択の余地がいくらでもあり、その暮らし
方を少し変えさえすれば、ジャングルの減少
や破壊をくいとめられます。
 焼畑農業にしてもそうですが、これまでジ
ャングルの伐採に関する主だった研究は、先
進国の人間によって行われてきました。出版
された本も、先進国の立場から見たものが多
かったのです。
 過去にこんな例がありました。先進国によ
ってジャングルに木を植えるという試みが行
われたのですが、木は育ったものの、ジャン
グルに住む人々にとっては、ちっとも役に立
たなかったのです。
 植えられた木はやせ地でも、比較的育ちや
すく、生長の早いユーカリやアカシアなどで
した。これらの木は、二年もたてば五メート
ルくらいになるのです。ところが早く、大き
く育つのは結構なのですが、これらの木が他
の木に必要な養分も全部奪ってしまいます。
ですからそこは、ユーカリやアカシアだけの
森となり、もとのジャングルとは似ても似つ
かぬ姿になってしまうのです。そんな森に 
は、動物や鳥もすみつかなくなるでしょうし
、そうなったら、人々はその森から食べ物は
おろか、肥料も飼料も得られなくなってしま
います。
 この例からもわかるように、「科学」や「
技術」、「開発」とはなにか、だれのための
ものか、あらためて考え直してみることが必
要だと思います。

(生きている森編集委員会編「未来の森 森
があぶない」)∵
 【1】電車や飛行機の中で、乗務員に対し
て理由もなく横柄な人がいる。こっけいだ。
乗せてもらわなくては困るくせに、何をいば
っているのだろう。旧国鉄の内部には「乗せ
てやる」という言い回しがあったそうで、そ
れもひどい勘違いだと思うけれど。
 【2】「いや、お客は偉い。買う時は、だ
れもが王様になる」という考え方もあるだろ
う。しかし、それだと無用のストレスが社会
に広がりそうで、賛同しかねる。王様やお姫
様の気分にしてあげることを目的とした一部
のサービス業を例外として。
 【3】子供のころ、駄菓子屋でキャラメル
を買う時や、食堂で親が精算をしている時、
「買ってやったぞ」とお客様面をしていた。
高度経済成長期に育ったので、小学生でもい
っぱしの消費者として扱われた結果と言える
。【4】そんな私が現在のように「転向」し
たのは、自分が社会に出て接客の現場にいた
せいだろうが、それに先立つ経験もある。
 中学生になるかならずかという夏休み。両
親の郷里である高松で過ごし、源平合戦で有
名な屋島に遊びに行った。【5】三つ年下の
弟と二人だったように思う。平日のことで山
上に人は少なかった。蝉しぐれの遊歩道を散
策した私は、ある光景に出くわす。
 休憩所の店先に帽子をかぶったおじさんが
立ち、中をのぞいていた。五十代ぐらいの人
だったのではないか。【6】連れはいなかっ
た。うどんでも食べて店を出ようとしていた
らしい。おじさんは財布を片手に、店の奥に
向かって言った。「ごちそうさまぁ」
 意外な言葉だった。代金を払おうとしてい
るのに店員の姿が見当たらない場合、とりあ
えず「すみませーん」と呼びかけるものだと
思っていた。【7】いや、それしか思いつか
なかった。なのに、このおじさんは無料でも
てなされたかのように「ごちそうさま」と言
う。一瞬だけ違和感を覚えた後、私の内に変
化が起きた。
 自分のために料理を作ってくれたのだから
、お客として代価を支払うとしても「ごちそ
うさま」と言うのが礼儀にかなっている。∵
【8】考えたこともなかったけれど、それは
そうだと納得し、お客は偉いわけではない、
と知ったのだ。
 後日、食堂だかレストランだかで食事をし
て店を出る時に、私は小声でぎこちなく「ご
ちそうさま」と言ってみた。【9】すると、
照れくさい気もしたが、それだけのことで一
歩大人に近づいたように感じた。以来、店側
に不始末がないかぎり「ごちそうさま」を言
い添えている。
 屋島で見た何でもないひとコマが、私を少
しだけ変えた。あのおじさんには、今も感謝
している。【0】先方は、すれ違っただけの
少年に何事かを教えたとはゆめゆめ思ってい
ないだろうが、大人の言動が子供にあたえる
影響は、かほど大きいのだ。平素から心して
おかなくてはならない。
 書店員をしていて、いろんな人と遭遇した
。ブックカバーをつけただけで「どうもあり
がとう」と言ってくれる人ばかりではない。
ささいな行き違いで激昂(げきこう)し、ア
ルバイトの大学生に「おれは客やぞ。社長に
電話したろか!」と金切り声でさけぶ小学生
をなだめたこともある。根性の曲がったガキ
だな、と思いつつ、君はろくな大人と会った
ことないんだね、とかわいそうになった。

(有栖川有栖「お客は偉くない」『二〇〇七
年七月二十九日 日経新聞文化面コラム』)