長文集  4月3週  ★べつにすてきなものじゃないし(感)  na-04-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】べつにすてきなものじゃないし、大
したものでもない。何でもないものにすぎな
いが、どんなときにもなくてはかなわぬもの
として子どものころからつねに身のまわりに
、かならず手のとどくところにあって、とて
も親しい。【2】ひとが人生で、そんなにも
長く身近に付きあう家具はほかにないといっ
ていいかもしれない。そうではあっても、だ
れにもとくに大切にされているというのでも
ない。
 くずかごはくずかごだ。いつもそこにあっ
てそこに見えているのに、だれも見ていない
。【3】だれしもの人生のどんな一部を切り
とっても日々の光景のどこかしらに、いつで
もきまってくずかご が、きっと一つは置か
れているはずなのに日々に欠かせぬ家具とし
て重んじられているとはいえない。くずかご
のないくらしはかんがえられないが、しかし
、くずかごはやっぱりいつでもただのくずか
ごにしかすぎない。
 【4】あってもなくてもどうでもいいもの
ではないのだ。くずかごは、わたしたちとつ
ねに、日々をともにしている。だが、どうし
てだろうか。どうして、くずかごはまるで日
のあたらない場所に置かれたまま、いつもあ
たかも「ないもの」のごとくにしかおもわれ
ないのだろうか。【5】どんなにすばらしい
部屋であっても、くずかごはみすぼらしくて
かまわない。そうであってすこしも奇妙にお
もわれることがないということこそ、むしろ
、奇妙なことではないだろうか。くずかごは
、どうあれ、もっとも親しい毎日のくらしの
仲間なのだ。
 【6】わたしたちはどうかすると、くらし
というのは、手に入れるものでつくられるの
だとかんがえる。何かを手に入れることがく
らしの物差しをつくるので、手に入れたもの
をどれだけいれられるか、その容積のおおき
さがゆたかさの目安なのだ、と。【7】そう
期待して、いつのまにか身のまわりを手に入
れたものでいっぱいにしてしまう。くずかご
が片すみに追いやられてわすれられるのも、
むべなるかな(もっともなことの意)だ。そ
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してある日突然とんでもないことに気づいて
、びっくりする。【8】そうやって手に入れ
たものが、日々に欠かせぬ必要なものどころ
か、そのおおくはどういうわけかすでに、た
だのすてるにすてられないものばかりになっ
てしまっている。
 【9】そのときになってはじめて日々のく
らしの姿勢をつくるのは、何を手に入れるか
ではなくて、ほんとうは何を手に入れないか
なのだということに、わたしたちは気づくの
かもしれない。くらしにめりはりをつけるの
は、何が必要かではない。【0】何が不必要
なのかと∵いう発見なのだ。あらためて身の
まわりを見わたしてみて、何をすてるか、す
てられるか、すてなければならないかに思い
いたって、あまりもの不必要なものにとりか
こまれた日常の景色 に、ほとんど呆然とし
てしまう。そして、ようやく部屋の片すみに
置きわすれられたままのみすぼらしいくずか
ごに目をとめて、どれほどこの日々に欠かせ
ぬ仲間のことをないがしろにしてきたこと 
か、いまさらのように思い知るのだ。
 日々のくらし方、ひとの住まい方というこ
とをいうとき、まずかんがえるのは、くずか
ごのことだ。くずかごはおおきなくずかごが
いい。くずかごのおおきさはそのひとのここ
ろのおおきさに正比例すると、勝手にそう決
めている。部屋におおきなくずかごを一つ、
こころのひろい友人として置くだけで、何か
が変わってくる。くらしの姿勢が、きっとし
ゃんとしてくる。

(長田弘の文より)