長文集  9月1週  ★私は二十年ほど前から(感)  mi-09-1
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】私は二十年ほど前から、人間は自ら
を飼育し、家畜化――自己家畜化していると
述べ続けている。まず人間は、人間自身を飼
育しているのではないか。女房に亭主が飼育
されているなどの、たとえに使われるのと同
じように感じられるかもしれないがまったく
違う。【2】ヒトを生物の一種とみなした場
合、個人レベルではなく、人間自身がつくっ
た社会システムに依存して暮らしている点か
らである。飼育動物を例にして考えてみると
、比較生態学的には否定する論拠はない。【
3】飼育動物はそれなりにフリーに動いては
いるものの、少し大きな目で見ると人工的に
つくった場の中でフリーなのにすぎない。狭
い檻の中で飼育されている場合と違って、放
飼場のついた飼育場で飼われていたらどうで
あろうか。【4】どれほど大きな違いがある
だろうか。毎日、自転車などで鎖につながれ
て走っているイヌと、満員電車でゆられてオ
フィスに往復する人々との違いは、たまに寄
り道するのと、自分の選んだ道(企業体を含
め)であるかの違いで大した差異はないとも
言える。【5】違いは社会的・文化的な面が
あるかどうかや、鎖が目に見える具体物かど
うかであるとも言える。
 人間は自らを自らで飼育し、馴化している
。自己飼育、自己馴化である。人類学の教科
書には、こうした説明が載せられているもの
がある。【6】一般には、これは否定的で比
喩的にしかとらえられない。だれも自ら好ん
で飼育され、ならされていくことなどないと
感ずるからである。だが、私がこれにこだわ
ったのは、ここでいう自己とは個々の人間の
行為の上での自己ではなく、ものごとの自己
発展の上での自己である。【7】人間という
もののあり方が、自ら飼育していくという意
味である。では飼育というのをどう考えるの
かと問われれば、人類学上の定義はともかく
も、動物にとっては食物を供給されることか
ら始まる。【8】動物が生きることは、まず
生態学的・生物学的に食物をとることに尽き
る。動物の生活すべては、食物をとることが
中心に営まれている。その成果にもとづいて
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繁殖がなされる。∵
 【9】飼育とは、食物を供給され、さらに
生活空間や場も与えられるといってよい。し
かし、飼いならすというと通常、餌付けから
始まるのでわかるように、食物を自力でとら
ずに済む依存の暮らしが基盤である。【0】
子供の時期は食物を供給されるが、自立する
ためには食物依存を断たねばならない。ライ
オンのような強力な捕食獣にとっても、離乳
の後、自力で獲物をうまくとれるようになる
まで、生き続けることはとても難しい。それ
だけに食物を供給されることは、まるで全生
活の面倒を見てもらうのに等しい。
 人間として生活をしているヒトとしては、
食物のとり方は食事だけではない。獲物をと
る動物の場合になぞらえれば、漁業や農業そ
の他、食物生産のすべてを個人でやらねばな
らなくなる。別の言い方をすれば、ヒトは社
会システムに参加することによって、社会的
に食物を供給されている。社会的に飼育され
ているとも言える。社会システムにせよ、食
料生産のしくみもまた、人間がつくっている
ので、自己飼育・自己馴化である。
 現在多くの人々は、若い人々や子供を見て
いて、なにか大きな変化が人間の精神や行動
に現れていると、漠然と感じているだろう。
(中略)
 比喩として言えば、現代の青年や子供は、
座敷イヌと類似している。自己家畜化が、特
殊な条件下で自己ペット化に至ったものと言
えよう。さきに述べたように自己家畜化は、
「もの」や「人工的人為的世界」の中で形質
を決定づけている、基本的な人間のあり方で
ある。したがって自己ペット化は、その自己
家畜化の管理・保護と人工化がより進んだ現
代的な先進国での特殊な状態だとみなせる。
自己ペット化の場合には、自己家畜化のよう
な論理にもとづいたものであるよりも、状況
を示す表現に力点が置かれた言い方である。
自己家畜化の特殊な現代的あり方である。