長文集  7月3週  ★人間は他の人間と(感)  mi-07-3
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】人間は他の人間と自由にまじわるこ
とができる。あるい は、まじわる相手を自
由にえらぶことができる。学校の友だち、職
場での友人、恋人、そして夫婦でさえも、そ
れぞれの当事者の自由な選択によって成立し
ている人間関係だ。
 【2】相手方に誰をえらぶかは、ある意味
では自由であり、べつな見方からすれば偶然
である。ふとめぐりあい知り合った人びと―
―その人びととわたしたちはつきあって生き
ている。【3】仲よくなれば一生をつらぬい
た、親しい友人関係をとりむすぶこともでき
ようし、けんかをして、それでお互いふたた
び顔をあわせない、といったようなことにな
るかもしれぬ。
 【4】とりわけ、現代のように、都市化が
すすみ、偶然性の高い社会では、人間関係は
、ふと結ばれ、そしてふと消えてゆく一時的
なものであることが多い。学校の友人にして
も、それは卒業後数年間で、いつのまにかご
ぶさたになってしまう。【5】すくなくと 
も、そのような人間関係では「ごぶさた」が
ゆるされるのである。
 しかし、そのように自由な人間関係のなか
で、ひとつの例外がある。それは、血縁の関
係、とりわけ親子の関係である。【6】友人
だの隣人だの夫婦だのは、「えらぶ」ことが
できるが、親子関係だけは、「えらぶ」もの
ではない。人が生まれた瞬間に、親子の関係
は宿命的にあたえられてしまっている。これ
ばかりは、誰にも、どうにもならない。
 【7】そのうえ、人間という動物は養育期
間がながい。「親はなくても子は育つ」とい
うのも真実だけれども、親がわりになるおと
ながいなければ人間の乳幼児は死んでしまう
。そして、ふつうのばあい、子を育てるのは
親である。【8】親子というのは、人間にと
って、のっぴきならない関係なのだ。自由に
みちあふれた現代の人間関係のなかで、親子
だけはまったく別枠の関係なのである。そこ
では人間関係一般についてのさまざまな原則
はあてはまらない。【9】どんな社会、どん
な時代にも、こうした特殊関係としての親子
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関係は生きつづけ、そのことによって、人類
の歴史はつづりあわされてきた。そして、つ
いこのあいだまで、そういう親子関係は、ご
く自然なものとして誰もがうけいれていた。

 【0】しかし、現代のひとつの特徴は、親
子という関係が「問 題」化してきた、とい
うことであろう。むかしのように、親子は自
然なスムーズな関係ではなくなってきたのだ
。新聞の身の上相談などをみても、親子「問
題」がぐんとふえてきた。いわく、どうやっ
て子どもを育てたらいいのでしょう。いわく
、親がわたしを理解してくれません、どうし
たらいいのでしょう。……親子のあいだに 
は、あきらかに、深い溝がうまれてきている

 なぜ親子が「問題」化してきたのか。いく
つもの理由をあげることができる。
 まず第一に、変化する社会のなかで親と子
の経験がまったく異質化してしまったという
事実に注目したい。かつて、社会が「伝統」
社会であったとき、親と子は、おなじ経験を
共有していた。子を育てながら、親は、じぶ
んが子どもだったころのことを回想すること
ができたし、その子どもをこれからどんなふ
うに育てていったらいいか、についても確信
をもつことができた。
 『どんなふうに育てていったらいいか』と
いった疑問は、伝統社会の親からみれば想像
を絶している。子どもの育てかた――それは
きわめて簡単だ。じぶんが育てられたのとお
なじように育てればよい。それだけのことな
のだ。じぶんの子どもは、将来、じぶんとお
なじようになるだろう、と親は考え、また、
子どもは、親とおなじような人間になりたい
、と考えた。いわば、そこでは、子は親の「
複製品」だったのである。
 ところが、現代社会での様子はだいぶちが
う。おむつのあて方、授乳の仕方までが、ひ
と時代まえとすっかりかわってしまった。親
は、じぶんが子どもだったときの経験を思い
出してそれによって子どもを育てるのではな
く、育児書をひもといて子どもを育てる。乳
児経験の段階から、親子のあいだには、大き
な落差がつくられているのだ。
 社会が進歩し、変化するかぎり、この落差
は避けられない。子どもは親とちがった存在
になる。そして、この落差から、さまざまな
問題が派生してゆく。完全な保護者・教育者
としての親と、完全な被保護者・生徒として
の子、という安定した関係はグラつき、親子
のあいだには一種の緊張関係がうまれてゆく