a 長文 4.1週 ma2
 脳の研究をしていてしばしば尋ねたず られることの一つが、頭の良さは遺伝で決まるのか、それとも環境かんきょうで決まるのか、といういわゆる「氏か育ちか」の問題である。
 一卵性双生児いちらんせいそうせいじを対象とした研究などによれば、知能指数といった指標で測られる知性に与えるあた  遺伝子の影響えいきょうは大体半分くらいらしい。しばしば、保守的な人は遺伝子の、リベラルな人は環境かんきょう影響えいきょうを重視する傾向けいこうがあるが、そう簡単に政治的立場だけで決めつけられる問題でもない。遺伝子の影響えいきょうが全くないはずはないし、育てられ方で変わらないはずもない。天才科学者の子どもが必ず天才になるわけではないし、親が勉強嫌いぎら でも、子どもは向学心に燃える、ということはある。氏と育ちは、半々くらい、というのは、私たちの常識的なセンスに照らしてみても、妥当だとうな線である。別の言い方をすれば、今の科学の水準では、そのような「常識的なセンス」を越えるこ  ような結論は得られないということになる。
 それにしても、「頭の良さは、遺伝か、それとも育てられ方か?」と質問されて、「氏と育ちは半々である」と答えるだけでは、あまりにも芸がない。何よりも、学問としての深みがない。何かもっとうまい答え方はないものか、と折に触れふ て考えていた。
 先日、漫画まんが家の萩尾はぎお望都さんと対談した時のことである。打ち合わせの時に、萩尾はぎおさんが、「今日は茂木もぎさんに、遺伝子と環境かんきょう、どっちが重要なのか、お尋ね たず したいと思っています」と言われた。さて、これは困った、と思った。何時ものように、「半々なのですよ」と答えるのでは、あまりにも芸がない。萩尾はぎおさんのようなカリスマ漫画まんが家には、もう少し気の利いたことを言いたい。何とかしなければ、と思いながら廊下ろうかを歩いているうちに思いついた。人間、追いつめられると何とかなるものである。
 人間の知性の本質は、その「終末開放性」(open ended ness)にある。そのことが、「氏か育ちか」ということを考える上で、本質的な意味を持つと直覚した。このアイデア一つの向こうに、様々な問題群が広がっていることもすぐにわかり、私
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はほっとすると同時に嬉しかっうれ   た。「半ばは遺伝で、半ばは環境かんきょうである」といった回りくどく「政治的に正しい」言い方の不自由さにはない、学問的広がりがそこにあるように感じたからである。
 人間の脳は、心臓と同じで、休むことがない。それに伴っともな て、脳内の回路は一生学習をし続ける。大人になっても、脳の組織が完成して固定化してしまうことなどなく、神経細胞さいぼうのシナプス結合のパターンは生涯しょうがいの間変化する。ここまで回路ができあがったら、それで完成ということはないのである。
 従って、人間の脳の回路が、遺伝子によって決まっていたとしても、その「完成形」は原理的に存在しないことになる。たとえその最終的な「落ち着きどころ」(物理的に言えば、「熱力学的準安定状態」)が存在したとしても、せいぜい百年の寿命じゅみょうしかない人間の生涯しょうがいでは、そのような最終形を取るには至らない。人間の才能が、仮に遺伝子によって完全に決定づけられていたとしても、私たちはその最終的帰結を見ないままに、死んでいってしまう。内なるポテンシャルを十全に発揮しないうちに人生が終わってしまう無念は、アインシュタインやモーツァルトのような天才も、凡夫ぼんぷも変わることがないのである。
 人間の知性は、いつまで経っても完成形を迎えるむか  ことのない「終末開放性」をその特徴とくちょうとしています。だから、たとえ、遺伝子によってかなりの部分が決まっていたとしても、実際的な意味では決まっていないのと同じなのです。遺伝子によって決まっているという運命論など気にすることなく、前向きに生きれば良いのです。
 対談中、そのように萩尾はぎおさんに申し上げたら、「ああそうですか」とおっしゃる。それから、「じゃあ、茂木もぎさんのクローンを百代続けて作れば、遺伝子に書き込まか こ れていた帰結が見えるのかしら」と畳みかけるたた    。それはそうかもしれないが、単純にクローンを作成するだけでは、脳回路はリセットされてしまうから、最初からやり直さなければならない。本格的にやろうとすれば、クローンをつくる時に百さいの私の脳回路を「コピー」しなければならないが、そんな技術はもちろん存在しません。そう申し上げて、対談を切り抜けき ぬ た。
 (茂木もぎ健一郎けんいちろう『欲望する脳』)
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a 長文 4.2週 ma2
 子どものころ、「道草をしてはいけません。」とよく言われたものである。学校から家に帰るまで道草をせずに、まっすぐに帰るようにと言われる。しかし、子どもにとって道草ほどおもしろいものはなかった。落葉のきれいなのを見つけると拾って友人と比べっこをしたり、ありの巣を見つけて、そのあたりで働くありの様子を見てみたり。それに何よりも興味があったのは「近道」である。大人の目から見ると、それは迂路うろであり道草にすぎないのだが、何とか「近道」を見つけて、どこかの家の裏庭に入り込んはい こ だり、時にははたけ踏みつけふ   たと怒らおこ れて逃げに まわったり、まったくスリル満点のおもしろさであった。
 今から考えてみると、このような道草によってこそ、子どもは通学路の味を満喫まんきつしていた、と思えるのである。道草をせず、まっすぐに家へ帰った子は、勉強をしたり仕事をしたり、マジメに時間を過ごしたろうし、それはそれで立派なことであろうが、道の味を知ることはなかったと言うべきであろう。
 ある立派な経営者で、趣味しゅみも広いし、人情味もあり、多くの人に尊敬されている人にお会いして、どうしてそのような豊かな生き方をされるようになりましたかとお訊きき したら、「結核けっかくのおかげですよ」と答えられた。
 学生時代に結核けっかくになった。当時は的確な治療ちりょう法がなく、ただ安静にするだけが治療ちりょうの手段であった。結核けっかくという病気は意識活動の方は全然衰えおとろ ないので、若い時に他の若者たちがスポーツや学問などにいそしんでいることを知りつつ、ただただ安静にしているだけ、というのは大変な苦痛である。青年期のいちばん大切な時期を無駄むだにしてしまっている、という考えに苦しめられるのである。
 ところが、自分が経営者となって成功してから考えると、結核けっかくによる「道草」は、無駄むだではなかったのである。無駄むだどころか、それはむしろ有用なものとさえ思われる。そのときに経験したことが、今になって生きてくるのである。人に遅れおく をとることの悔しくや さや、だれもができることをできないつらさなどを味わったことによって、弱い人の気持ちがよくわかるし、死について生についていろいろ考え悩んなや だことが意味をもってくるのである。このような生き方の道として、目的地にいち早く着くことのみを考えている人は、
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その道の味を知ることがないのである。大学合格という「目的」に向かって道草などせずにまっしぐらに進むことが要請ようせいされているようであるが、実際に入学してきた学生で、入学してから頭角をあらわしてくるのを見ていると、受験勉強の間に、それなりに結構「道草」をくっていることがわかるのである。そんなことあるものか、と思われそうだが、このあたりが人間のおもしろいところで、道草をくっていると、しまったと思って頑張っがんば たりするから、全体として案外つじつまの合うものなのである。
 こんなことを考えたのも、実は漱石そうせきの『道草』を読み直す機会があったからである。主人公の男性は、何かと奥さんおく  すれ違い  ちが をし腹をたてたりんだりしている。昔世話になった養父というのが現われて金をせびりに来る。今更いまさらかかわり合う筋合いではないとわかっているのだが、何となくかかわり合ってしまう。奥さんおく  から見れば、けじめをつければいいのに、ということになるし、それが正しいこととわかっていながら、何のかのと厄介やっかいなことが続く。
 これは、日常、どこの家でも見られるゴタゴタがただ淡々たんたん描かえが れているだけのようにさえ思われる。主人公の男性は学者であり、学問的にしなくてはならないことをたくさん抱え込んかか こ でいながら、このような日常のゴタゴタで「道草」をくわされてしまっているのだ。
 ところが、この『道草』を読んでいると、そのような現実をじっと眺めなが ている、高い高い視点からの「目」の存在が感じられてくるのである。それは、まったくたじろがずに、すべてのことを見ようとしている。自分が正しいのか妻が正しいのか、などという判断を超えこ て、現実をそのままに見ている。そのような目の存在を感じると、『道草』に描かえが れている日常のいわゆるゴタゴタなるものが、まさに「道」そのものの味をもっていることがわかってくるのである。
 道草によってこそ道の味がわかると言っても、それを味わう力をもたねばならない。そのためには漱石そうせきの『道草』ほどまでにはいかないとしても、それを眺めるなが  視点をもつことが必要だと思われる。

 (河合隼雄はやお『こころの処方箋しょほうせん』より)
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a 長文 4.3週 ma2
 他の痛みは自分と「関係ない」という心は、逆に、自分の痛みは痛がって、それを友や、親や、先生や、社会など、他の責任にして八つあたりする心と、共存しているような気がします。同じことでも、解釈かいしゃくによって、自分の心を励ますはげ  こととできるのに、いつも、悪く悪く解釈かいしゃくして、逆うらみや、ねたみや、敵意でこわばってしまうのでは、自分で自分の人間としての成長をはばんでいるようなものです。「それで、あなたは幸福ですか。」そういう声が聞こえます。「人のために何かする」という「何か」は、もとより「よいこと、役に立つこと」「よろこびとなること」をさしています。どんな人の心の中にも、「人をよろこばせて自分もよろこぶ」人間らしいうれしい心があります。これは、「そんな気持ち、ちっともないよ。」なんて、悪ぶっていばってもだめです。必ず、自分の気づかない心の底に、宝物のように輝くかがや 美しい心が横たわっています。
 (中略)
 もし、まだそんな気持ちを味わったことがないとお思いなら、ぜひ、自分の中に眠っねむ ている、すこし鈍感どんかん怠け者なま ものの宝ごころを掘り起こしほ お  てください。揺りゆ さましてください。「あ、こんな気持ちがあったのか。」「ちょっとうれしいなあ。」
 お金もほしい。物もほしい。異性の関心もほしい。親の庇護ひごや、先生の真心もほしい。けれど、そういうものより、何より、もっともっとうれしいのが、この「自分発掘はっくつの幸福感」、いいかえてみると、「自分の悪意とたたかって、自分を優しく気持ちのいい存在にきたえてゆくうれしさ」だと思います。
 でも、この人間だけが味わえる、本能以上のよろこびは、不断の努力のあげくに、ふっと感じられるもの。このわずかな瞬間しゅんかんの、深い感動が味わいたくて、人は自分を訓練するのでしょう。

 (岡部おかべ伊都子いつこの文章による)
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a 長文 4.4週 ma2
 じつは私は二〇代前半まで、旅行好きというには程遠かった。身体を動かすことは大嫌いだいきら で、部屋にこもって音楽を聴いき たり本を読んだりするのを好む人間だった。旅らしいことといえば、東京から大分までの帰省を毎年三回ほどするくらいだった。
 ところが、大学院でフランス文学を勉強しはじめたころから、フランスに行ったことがないのでは話にならないという気になりはじめた。そこで、奨学しょうがく金を貯め、親にも援助えんじょしてもらって、一九七七年の三月、初めてフランスを訪れた。まだ成田空港は開港しておらず、パリもまだオルリー空港を使っていたころだ。格安料金の大韓航空だいかんこうくう機を利用して、ソウル、アンカレジ周りで二四時間以上かけてパリに行った。ついでに、ドイツ、オーストリア、イタリアにも足を伸ばすの  ことにした。
 そして、ヨーロッパでしばらく過ごすうち、フランスという国に関心を持つという以上に、旅行そのものに目覚めてしまったのだ。
 旅行の最大の楽しみ、それは「驚きおどろ 」と「うろたえ」だ。
 外国の観光地を見る。生活を見る。そこで行動して、人間に触れるふ  これまでと違っちが た価値観に遭遇そうぐうする。日本にいて予想していたのとまったく違うちが 光景、まったく違うちが 反応に出会う。そして、驚きおどろ 、うろたえる。
 日本人としては、それでもなお日本式の生活をしようとすることもある。だが、そうすればするほど、困った事態に陥るおちい だが、それがまた楽しい。それまで絶対的に真実と思っていたことが揺らぎゆ  、これまでの価値観が揺り動かさゆ うご  れる。
 最初の旅行でまず驚いおどろ たのは、道を歩くのは、きれいに着飾っきかざ た白人のパリジャンやパリジェンヌばかりではないということだった。そもそもパリは白人だけの都市ではなかった。私はモンパルナスの一つ星の安ホテルを基点にしてパリ見物をはじめたが、歩く場所によっては、目に入る人間の一〇〇パーセントが有色人種だということも珍しくめずら  なかった。地下鉄に乗っても、有色人種のほうが多いということがしばしばあった。しかも着飾っきかざ ている人は少ない。ジーンズに革ジャン姿が圧倒的あっとうてきに多い。日本で予想していたような上品な白人はめったに見かけない。
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 数日後、フォブール・サントノレを歩いた。日本でいえば銀座のようなところだ。そこで初めて頭の中で想像していたパリの光景に出会えた。エレガントなパリジェンヌがいた。
 そこで気がついた。貧乏びんぼう学生である私がほっつき歩いていたのは、貧しい地域だったのだ。そこには、貧しい白人や有色人種が多かった。フランスは階層社会だったというわけだ。しかも、すでにフランスにはアラブ系、アフリカ系の移住者が押し寄せお よ 、その人たちが新たな下層社会を作り上げていた。(中略)
 最初のヨーロッパ旅行で、私はこのような光景を見るうち、旅というものの楽しさを知ったのだ。そして、それが病みつきになり、その後、時間とお金に少し余裕よゆうができてからは毎年のように海外旅行に出かけた。
(中略)
 ときには異文化のなかにかつての日本と同じような光景を見かけて、人間の普遍ふへん性を痛感することもある。日本とまったく文化の異なるフランスでも、日本人と同じような反応にしばしば出会った。一九九四年には友人とラオスに行って、メコン川の川原でたこ揚げあ をして遊ぶ子供たちを見て、四〇年前、九州の片田舎の川原で遊んだ自分の姿が重なった。
 私は、旅行での様々な驚きおどろ やうろたえや失敗の経験を書き綴っつづ てきた。
 もちろん、この程度の旅で大旅行家などとはいえない。私はたかだか三〇ヵ国かこくを旅行したに過ぎない。私よりもたくさんの旅行をし、たくさんの経験をした人は多いだろう。
 だが、私は幸い、ほかの人よりも自由な仕事についていたため、勝手気ままにあちこちを動き回ることができた。冷戦時代の東欧とうおうヵ国かこく含むふく 六〇日間の新婚しんこん旅行、朝鮮民主主義人民共和国ちょうせんみんしゅしゅぎじんみんきょうわこく北朝鮮きたちょうせん)旅行、カンボジア旅行などにも出かけることができた。しかも、好奇こうき旺盛おうせいで、なおかつおっちょこちょいときているので、あちこちで少々危険な目にあった。そして、そのおかげで、自分の目でその時代その時代の社会を見て、様々な経験をし、驚きおどろ 、うろたえることができた。今となっては、これは私の財産といえるものだ。
 (樋口ひぐち裕一ゆういち『旅のハプニングから思考力をつける!』)
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a 長文 5.1週 ma2
 好奇こうき心」という言葉は、おもしろい言葉である。それは読んで字のごとく、「を好む心」であるが、その「」というのは、変わったこと、つまり、日常の環境かんきょう、自分がすっかり適応している環境かんきょう、自分が馴れな 親しんでいる環境かんきょうと異質なもののことである。異質だからこそ、「」と感じられるのだ。
 ここでぼくは、あらためて生きるということの逆説的な構図を痛感せざるをえない。人間は生きるために環境かんきょうに適応しなければならないのだが、ひとたび環境かんきょうに適応してしまうと、こんどは環境かんきょうにすっかり慣れてしまったということが、逆に生きるという実感を失わせてしまう。つまり、生きるための刺激しげきがなくなることで、生命の力がすっかり弛緩しかんしてしまうのだ。別言すれば、そのような無重力状態が、生きるためのエネルギーを吸いとってしまうわけである。チンパンジーが退屈たいくつのあまり精神的な障害をきたすというのは、そうした生命力のまったき弛緩しかんを意味しているのである。チンパンジーでさえそうなら、人間はなおのことである。したがって、好奇こうき心とは、そうした生命力の弛緩しかんに対するカンフル注射のごときものと考えてもよい。
 よく、都会には強い刺激しげきがありすぎるという。けれど、右の事情を考えれば、それはきわめて当然のことといわなくてはならない。都会というのは、人間を自然から守る装置が幾重にもいくえ  張りめぐらされている場所のことである。だからディズモンド・モリスは現代の都会のことを「人間動物園」と呼んでいるのだ。動物園のように手厚く自然から、あるいは野性から保護されているからである。いきおい、都会に住む人間からは抵抗ていこう感が失われてゆく。自然に対する抵抗ていこう感、すなわち適応への努力こそが生きる実感を人間に与えるあた  のだが、それがなくなれば、人間は何かべつのものをそれに代えなければならない。そうしないと、チンパンジーのように退屈たいくつのあまり病気になったり、異常な行動をはじめたりして、あげくの果て、死んでしまいかねないからだ。都会の刺激しげきというのは、その代替だいたい物なのである。
 これに対して、田舎ではそのような刺激しげきを必要としない。なぜな
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ら、農村や、山村や、漁村では、人間に抵抗ていこう感を与えあた 、適応への努力を強いる自然の力がまだ十分に働いているからである。けれど、もし田園が都会同様に自然からの保護施設しせつをたっぷり持つようになれば、そこもまた、自然の力の代役をするなんらかの刺激しげきを必要とすることになるだろう。日本では、ほとんどの場所がそうなりかけている。
 したがって都会の刺激しげきというのは、第二の自然、へんないい方になるが、人工的な自然と考えてよかろう。つまり、文化とか、人間がつくり出すさまざまな情報といったものは、人間がいきるため、抵抗ていこうするための擬似ぎじ自然なのである。
 ところで好奇こうき心の「」とは、そもそもは自然現象の「」であった。自然に適応して生きてゆこうとするとき、適応するために、よりいっそうの努力が要求される事象、それが「」と感じられたのである。
 おなじことは都会の刺激しげき、すなわち文化現象についてもいえる。一応、出来上がった文明・文化のなかに住むぼくたちにとっての「」とは、あまり聞いたことのない人工的な音響おんきょうであるとか、ふだん見なれない人為じんい的な形であるとか、いつもは考えたこともない事象だとか、そういったものである。音楽や絵画などの創作活動や芸術の享受きょうじゅが前二者なら、新聞や雑誌で知らされるさまざまな情報が後者である。
 だから、これらすべてをふくめて人間にそれらを伝えるマスメディアは、いってみれば、人間に適応を強いる第二の自然の役割を担っているわけである。つまりマス・コミュニケーションの世界とは「文化のジャングル」なのだ。そのジャングルのなかで、適応能力を欠いたものは脱落だつらくする。現代社会における教育システムは、文化のジャングルのなかでの適応を教えるシステムといってもよい。だとすれば、その中心機能は、人間が本来持っているはずの好奇こうき心を育成することでなければならない。
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a 長文 5.2週 ma2
 子どもとは何だろう。そして、子どもが大人になるとは、どういうことだろう。思うに、それはこうだ。子どもは、まだこの世の中のことをよく知らない。それがどんな原理で成り立っているのか、まだよくわかっていない。では、大人はわかっているのだろうか。ある程度は、そうだ。大人はわかっている。しかし、全面的にわかっているわけではない。むしろ、大人とは、世の中になれてしまって、わかっていないということを忘れてしまっているひとたちのことだ、とも言えるだろう。
 ソクラテスはかつてこんなことを言った。世の識者たちは、自分がだいじなことを知らないということに気づいていない。つまり、わかっていないということを忘れてしまっている。それに対して、自分は、知らないということを知っている。つまり、わかっていないということを忘れていない。この点で、世の識者たちよりも自分のほうがものごとがよくわかっている、と言えるだろう、と。
 「知らないということを知っている」ことを、「無知の知」という。知っていると思い込んおも こ でいるひとは、もう知ろうとしないだろうが、知らないとわかっているなら、なお知ろうとしつづけるだろう。知ることを求めつづけるこのありかたを「フィロソフィア」という。「フィロ」とは愛し求めることであり、「ソフィア」とは知ることである。つまり、「フィロソフィア」とは、知ることを愛し求めることを意味する。これが、哲学てつがくという言葉の語源だ。
 だとすれば、子どもはだれでも哲学てつがくをしているはずである。子どもは、たしかに、自分が知らないということを知っている。ただ、子どもはソクラテスとちがって、たいていの場合、大人たちもほんとうはわかっていないのに、わかっていないということがわからなくなってしまっているだけだ、ということを知らない。そして、「大人になれば自然にわかる。」とかなんとか言われ、わかっていないということがわからない大人になっていくのだ。
 大人だって、対人関係とか、世の中の不公平さとか、さまざまな問題を感じてはいる。しかし大人は、世の中で生きていくということの前提となっているようなことについて、疑問をもたない。子どもの問いは、その前提そのものに向けられているのだ。世界の存在や自分の存在、世の中そのものの成り立ちやしくみ、過去や未来の存在、宇宙の果てや時間の始まり、善悪の真の意味、などなど。こうしたすべてのことが、子どもにとっては問題である。
 子どもは、ときに、こうした疑問のいくつかを、大人に向けて発するだろう。だが、たいていの場合、大人は答えてはくれない。答えてくれないのは、問いの意味そのものが、大人には理解できないからである。かりに答えてくれたとしても、世の中で適用している
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たてまえを教えてくれるか、何だか知らないがそうなっているのだよ、と率直に無知を告白してくれるか、そんなところだろう。子どもは、問うてみても無駄むだな問いがあることをさとることになる。
 つまり、大人になるとは、ある種の問いが問いでなくなることなのである。だから、それを問いつづけるひとは、大人になってもまだ「子ども」だ。そして、その意味で「子ども」であるということは、そのまま、哲学てつがくをしている、ということなのである。

 (永井ながい均『子どものための哲学てつがく』による)
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a 長文 5.3週 ma2
 ある種の動物では、群れをなして生活している個体と個体の間に交信行動がなされていることが知られている。また、人間とイヌなどの間でも交信行動は認められる。飼い主が飼い犬に対して、物を投げて取ってこいと指示したり、飼い犬が飼い主に対して、ほえたり、衣類を引っ張ったりして食べ物を求めたりするのがこの例である。しかし、伝達できる内容の範囲はんいはごく狭くせま 限定されている。
 動物相互そうご間、人間と動物間の交信行動は、ごく貧しいものであるが、人間相互そうご間で交わされる言語は、これらとは比較ひかくにならないほど豊かなものを持っている。
 人類学者によると、地球上のいかなる種族でも、それぞれの言語を持っていると言われる。言語は人間であることの重要なしるしなのである。我々自身の生活を考えればすぐ理解できるように、言語は人間の生活に深いかかわりを持っている。
 第一に、我々は日常、多くの人に接し、意志や感情を伝達し合っているが、そのほとんどは言語を媒介ばいかいとしたものである。身振りみぶ や顔の表情などによる、言語を用いない伝達方法もあるが、「これらはしばしば不確実なものになりやすい。言語を通して相互そうごの正確なコミュニケーションが可能なのである。
 第二に、言語を持つことによって、人はその経験を豊かにし、知識を広げることができる。人が自分で直接に見たり聞いたりできる範囲はんいは、ごく限定されたものである。遠い昔の歴史上のことや、行ったことのない国の様子について知ることができ、イメージを描くえが ことができるのは、我々が言語を持っているからである。一つの問題について他の人が研究した論文や著書を読み、それを理解することによって、更にさら 自分の研究を発展させていくことができる。
 四、五さいの幼児が、三、四人集まって昨日の夕方見たテレビのマンガについて話し合っている。どこでも見られる光景であるが、これが可能になるのは、昨日見たマンガの内容を理解し、それを記憶きおくし、そのことを相手に分かるように言語で伝えなくてはならない。幼児たちに共通に理解し合える言語が、ここになければならないのである。たまたまこの幼児の一人が昨夕のテレビを見ていなかったとする。その子は友達の話を聞いて、マンガの筋を理解し、それが今晩見るときの助けにもなるのである。
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 第三に、我々は、言語の助けを借りて事物を認識し、思考している。何か考えるときに、人は発声はしなくても言語を用いている。世界の様々な言語は、必ずしも一対一に対応させることのできる単語を共通に持っているわけではない。例えば、一人称いちにんしょう単数の代名詞は、英語では常にアイと言うが、日本語では、相手との関係によって、私、ぼく、おれなどと様々に変化する。日本語の場合、一人称いちにんしょう単数の代名詞は、相手との関係の親密さの度合いなどに基づいて選択せんたくされるのである。言い換えれい か  ば、私、ぼく、おれなどのうち、どの言葉を選択せんたくするかということによって、相手との人間間係に対する認識が明確になるのである。
 英語では男の兄弟一般いっぱんを示すブラザーという言葉が使われるが、日本語では、自分から見て年長か年少かということが意識されやすいので、兄と弟という言葉が使われる。また、兄弟が相手の名前を呼ぶときには、米国では、ほとんど呼び捨てか、名前を短縮したような愛称あいしょうで呼んでいる。我が国では、法律の上ではきょうだいが全く平等になった現在でも、年少の者は年長のきょうだいを「おにいさん」「おねえさん」などと、親に対する場合と同じような普通ふつう名詞で呼んでいる。このような言葉の使い方の中に、日本人の人間関係の特色が反映しているのである。

 (詫摩たくま武俊たけとしの文章による)
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a 長文 5.4週 ma2
 昔の人の脳と、いまの人の脳は、どう違うちが か。
 昔の人の骨と、いまの人の骨、これはどう違うちが か。私が現物について、いくらか知っているのは、骨のことでしかない。その骨から考えるなら、四、五万年前このかたの人類は、根本的にはいまの人と同じ骨をしている。だから、その頃  ころから現代まで、人は同じような脳をしていたに違いちが ない。そういう結論になる。
 それ以前の人は、どうか。それなら、人類学でいう旧人、すなわちネアンデルタール人のことになる。これはもう、いまの人とは、骨がはっきり違っちが ている。実際に旧人は、われわれとは、脳がかなり違っちが ていたのではないか。私はそう疑っている。
 では、旧人と、いまのわれわれ、すなわち新人は、どこが違うちが か。最大の違いちが は、新人におけるシンボル体系の存在と、その豊富さであろう。要するに、お金とかお守りとか、賭け事か ごととかバクチとか、科学とか宗教とか、芸術とか演劇とか、それ自体は実用に役に立たず、約束事で成立するもの、そういうものが、旧人にはあまりなかったと思われる。
 われわれが常識としているような種類の言語、これも旧人では欠けていたか、不十分だった可能性が高い。そう私は考えている。ことばは、シンボル体系の典型だからである。
 見てきたわけでもないのに、そんなことが、なぜわかるか。それは、それに関する遺物が、旧人の遺跡いせきからは出てこないからである。クロマニョン人、すなわち新人になると、突然とつぜん洞窟どうくつ壁画へきがが出てきたりする。あんな見事な絵は、私にはとうてい描けえが ない。あるいはお守りらしい、わけのわからぬ細工ものが出る。それが旧人だと、石で作った刃物はものの類ばかり。これは実用性が高い。道具を見るかぎり、ある程度以上古い時代の人たちは、たいへん実用的だったということになる。
 それでは面白くない。昔の人には、いまの人にないちょう能力でもなかったのか。それは、さまざまなマンガに描かえが れているから、そういうものを見てくださればいい。いまの人がちょうなんとかを好むのは、いつも思うのだが、自然への感受性を失ったからであろう。自然を見ていれば、それ自体がほとんどちょう能力に見える。
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よく考えてみれば、不思議なことばかりなのである。もしその具体例を、自分の経験から思いつけないとすれば、あなたはすでに自然への感覚をほとんど失っている。自然がもはや不思議とは思えなくなっているからである。
 さてそれが、同じ新人のなかでの昔の人といまの人、そのいちばん大きな違いちが であろう。自然の実在と、自然の不在。いまの人はおおかた人工環境かんきょうに住む。これはなんでもないようだが、人間の思考をすっかり変えてしまうはずである。そこには自然がない。あるのは、人の作ったものばかり。まわりがすべてそれなら、人はそれだけを考えるようになる。それしか、ない。
 そうなると、脳はどうなるか。わが世の春であろう。人工環境かんきょうとは、脳が作ったものだからである。脳は脳のなかに住む。それ以外のものは、邪魔じゃまだ。こうして、われわれ現代人の持つ脳は、脳のなかに置かれた脳、それだけになった。
 じつはそれは、脳だけではない。同じ新人でも、古い骨を見ると、ずいぶんと使い込んつか こ であることがわかる。たとえば噛むか ことに関係する部分は、昔の人では、たいへんよく発達している。それに比べて、現代人はほとんど「家畜かちく」といってもいいであろう。固いものなど、子どものころから噛まか ない。
 現代人は、水や食物を探しに行く必要はない。ただ冷蔵庫をのぞけばいい。したがって、そういうものの、自然の「ありか」に対する感覚はない。気温は調節されてしまう。だから身体が調節する必要はない。そうした生活でできあがるのが、われわれの脳である。それはきまりきった生活に慣れた、家畜かちくの脳であろう。
 人は多くの動物を家畜かちく化した。次はもちろん人間の番である。私は頭骨を二つ、机の上にいつも置いている。一つは野蛮やばん人のもので、もう一つは、家畜かちく人のものである。長いあいだ置いておくと、どうしても野蛮やばん人の骨のほうが、骨として見事だという気がしてくる。だから、私が贔屓ひいきするのは、野蛮やばんな脳である。私の感覚が、おそらく野蛮やばんなのであろう。

 (養老孟司たけし『脳のシワ』)
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a 長文 6.1週 ma2
 人間に自由がなければ人間はかえってほんとうに幸福であったかもしれません。だれでも、一生に一度ぐらいは、青い空をなんの苦労も知らぬげに自由自在に飛びまわっている鳥にでもなってみたいと考えるのではないでしょうか。鳥にも外敵は襲うおそ でしょう。えさをあさるのに骨を折ることもあるでしょう。しかし、本能のままに動いている鳥は、おそらくそのために思い悩むおも なや こともありますまい。ところが、人間はすでに自由をもっているのです。どんな人でも、いやおうなしに、自分で行為こういを決定しなければなりません。人生の苦労はすべてここから生じている、ともいえるかもしれません。
 ひまさえあればて暮らしても少しも悔いく を感じない人は、そうした生き方がよいのだという考え方によって、その行為こういを選んでいるのです。また、自分の利害ばかり考えて、ひとのことを少しも思いやらずに行為こういしている人は、自分の利益だけをはかればよいのだという考え方の上に立って、行為こういを行っているのです。
 しかし、たとえそれが人間にとって不幸であるにしても、人間が自由をもっているということはどうしようもない事実なのです。われわれがこれにたいしていかに苦情をいったところで、どうなるものでもありません。われわれは、ただこの事実を認め、その上に立って行為こういするほかはありません。
 だが、人間がみずからの自由によって行為こうい選択せんたくしなければならないとすれば、そこにわれわれはどうしても自分の行為こうい選択せんたくするための原理を考えないわけにはいきません。むしろ、われわれは、行為こうい選択せんたくするばあい、必ずなんらかの原理をもち、それにしたがって行為こうい選択せんたくしているのだということができましょう。
 フランスの哲学てつがく者サルトルは、「人間は自由のけいに処せられている」といっています。まさに自由は人間のもって生まれた宿命なのだ、といえましょう。人間であるかぎり、われわれにはこの宿命からのがれる道はありません。われわれはこの宿命を甘受かんじゅしてゆくほかはありません。
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 こうして、人間は、自由によって行為こういしている以上、どうしても行為こういを選びその生き方を決定する根本的な考え方をもたないわけにはゆかないのですが、この考え方がいわゆる人生観ないし世界観というものです。そして、この人生観・世界観がすなわち哲学てつがくにほかなりません。

岩崎武雄の文章による)
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a 長文 6.2週 ma2
 ある時、荘子そうし恵子けいしといっしょに川のほとりを散歩していた。恵子けいしはものしりで、議論が好きな人だった。二人が橋の上に来かかった時に、荘子そうしが言った。「魚が水面にでて、ゆうゆうとおよいでいる。あれが魚の楽しみというものだ。」
 すると恵子けいしは、たちまち反論した。「君は魚じゃない。魚の楽しみがわかるはずないじゃないか。」
 荘子そうしが言うには、「君はぼくじゃない。ぼくに魚の楽しみがわからないということがどうしてわかるのか。」
 恵子けいしはここぞと言った。「ぼくは君でない。だから、もちろん君のことはわからない。君は魚でない。だから君には魚の楽しみがわからない。どうだ、ぼくの論法は完全無欠だろう。」
 そこで荘子そうしが答えた。「ひとつ、議論の根元にたちもどってみようじゃないか。君がぼくに『君にどうして魚の楽しみがわかるか』ときいた時には、すでに君はぼくに魚の楽しみがわかるかどうかを知っていた。ぼくは橋の上で魚の楽しみがわかったのだ。」
 この話は禅問答ぜんもんどうに似ているが、実は大分ちがっている。ぜんは、いつも科学のとどかぬところへ話をもってゆくが、荘子そうし恵子けいしの問答は、科学の合理性と実証性に、かかわりをもっているという見方もできる。恵子けいしの論法の方が荘子そうしよりはるかに理路整然としているように見える。また、魚の楽しみというような、はっきり定義もできず、実証も不可能なものを認めないという方が、科学の伝統的な立場に近いように思われる。しかし、私自身は科学者の一人であるにもかかわらず、荘子そうしの言わんとするところの方に、より強く同感したくなるのである。
 大ざっぱにいって、科学者のものの考え方は、次の両極端りょうきょくたんの間のどこかにある。一方の極端きょくたんは「実証されていない物事は一切、信じない。」という考え方であり、他の極端きょくたんは「存在しないことが実証されていないもの、起こり得ないことが証明されていないことは、どれも排除はいじょしない。」という考え方である。
 もしも、科学者の全部が、この両極端りょうきょくたんのどちらかに固執こしつしていたとするならば、今日の科学はあり得なかったであろう。デモク
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リトスの昔はおろか、十九世紀になっても、原子の存在の直接的証明はなかった。それにもかかわらず、原子から出発した科学者たちの方が、原子抜きぬ で自然現象を理解しようとした科学者たちより、はるかに深くかつ広い自然認識に到着とうちゃくし得たのである。「実証されていない物事は一切、信じない」という考え方が窮屈きゅうくつすぎることは、科学の歴史に照らせば、明々白々なのである。さればといって、実証的あるいは論理的に完全に否定し得ない事物は、とれも排除はいじょしないという立場が、あまりにも寛容かんようすぎることも明らかである。科学者は思考や実験の過程においてきびしい選択せんたくをしなければならない。いいかえれば、意識的・無意識的に、あらゆる可能性の中の大多数を排除はいじょするか、あるいは少なくとも一時、忘れなければならない。
(中略)
 今日の物理学者にとって最もわからないのは、素粒子そりゅうしなるものの正体である。とにかく、それが原子よりも、はるかに微小びしょうなものであることは確かだが、細かく見れば、やはり、それ自身としての構造がありそうに思われる。しかし実験によって、そういう細かいところを直接、見わけるのは不可能に近い。ひとつの素粒子そりゅうしをよく見ようとすれば、他の素粒子そりゅうしを、うんとそばまで近づけた時に、どういう反応を示すかを調べなければならない。ところが、実験的につかめるのは、反応の現場ではなく、ふたつの素粒子そりゅうしが近づく前と後だけである。
 こういう事情のもとでは、物理学者の考え方は、上述の両極端りょうきょくたんのどちらかに偏りかたよ やすい。ある人たちは、ふたつの素粒子そりゅうしが遠くはなれている状態だけを問題にすべきだという考え方、あるいは個々の素粒子そりゅうしの細かい構造など考えてみたってしようがないという態度を取る。私などは、これとは反対に、素粒子そりゅうしの構造は何らかの仕方で合理的に把握はあくできるだろうと信じて、ああでもない、こうでもないと思い悩んおも なや でいる。荘子そうしが魚の楽しみを知ったようには簡単にいかないが、いつかは素粒子そりゅうしの心を知ったといえる日がくるだろうと思っている。
(湯川秀樹ひでき『物質と思考』より)
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a 長文 6.3週 ma2
 わたしはかねてから昔の日本に形見分けという風俗ふうぞくのあったことを、ゆかしいことと思ってきた。死者の遺言で、あるいは跡取りあとと の裁量で、死者の所有物をその思い出に生者に分かち与えるあた  大抵たいていは死者の日常使用していた道具や品物、着物などだが、もらった者はそれを大事にしながら死者の記憶きおくを新たにする。むろんそこに人間喜劇はあり、
 
 形見分け初めてよめの欲が知れ

 泣きながら眼を見張る形見分け

 といった面白い光景も見られるわけだが、ともかく遺贈いぞうしてまた使うことのできる物がここにはあったのである。着物はほどいて洗い張りし仕立て直せば、自分の身丈みたけにあったものとして生き返る。すずりのいいものなら世代から世代へ何百年でも伝承されうる。けやき長火鉢ながひばち頑丈がんじょうな茶ダンス、きりのタンス、くわの針箱、文箱、小物入れといったものに、江戸えど人は買うとき「一生物」というつもりで思い切って金をかけた。その代わりそれらの物は生涯しょうがい伴侶はんりょとして大事に使いこまれて、物としての値打ちを増したのである。
 わたしはそういう永続する物に囲まれていた彼らかれ の生活を想像する。気に入ったいい品物というのは物であって物ではない。生活に欠くべからざる伴侶はんりょである。それなしには生活の充足じゅうそくが得られないものだ。
 だから大事に使いこみ、拭きふ 磨きみが 、そうやって人間の使用のあとをのこすことで物としての価値が上がる。茶碗ちゃわんなどの陶磁器とうじきだって博物館などのガラス戸の中に置かれていては死ぬのである。大事に使うから輝きかがや を増し、また使えば使うほどよくなるそういう品物だけをもつことを、彼らかれ はよしとしたのだ。
 それにくらべると現代のわれわれは物こそ彼らかれ 比較ひかくにならぬくらいもっているが、はたしてそういう意味での生涯しょうがい伴侶はんりょとなった物をいくつもっているだろう。回りを見渡せみわた ば、われわれのも
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っている物の多くは、買った日が最高であとは一日使えば使うごとに価値の減ってゆくものばかりである。クルマ、電気製品、合板材の家具、ガス器具、いやその家屋そのものが商品としてせいぜい二、三十年しかもたぬ代物だ。昔のように三代四代もの用に耐えるた  、住めば住むほど味の出てくる家づくりではないのである。
 すべてがこれまた実にイヤな言葉だが耐久たいきゅう消費財などと呼ばれるもので、五、六年からせいぜい十数年の使用を前提にした製品、所有し使用し廃棄はいきし、また購入こうにゅうするサイクルに組みこまれた商品ばかりだ。永続するものなど一つもない。何年かすれば大型ゴミ捨て日に出す以外ないもので、むろんこんなもののどれ一つとっても恥ずかしくは    てとうてい形見分けになど出せやしない。走行五万キロの車などだれがもらってくれるものか。
 と、そういう目で見ると現代のわれわれの生活は一見いかにもゆたかげで便利に快適にできているが、よく見れば永続しない一時性の品物の上に成立していることがわかる。現代の生活が目の安らぎと落ち着きを欠いた、仮のもの、一時しのぎのものといった感触かんしょくから逃れのが られないのは、一つにはわれわれがそういう性格の物たちに囲まれているためということがあるに違いちが ない。長もちしない、数年すれば必ず消えてゆく物たちを相手に、本当の物と人間の付き合いの生じるわけがなく、物への親しみも生じず、生活に本物の落ち着きのできるわけはないのだから。
 その点から見れば昔の人は、生活は今のように便利でも快適でもなかったかもしれないが、はるかに気もちの上ではゆったりとし、暮らしをいとおしんでいただろうという気がする。そしてそういう単純だが充実じゅうじつした生活のほうが、たえず物の誘惑ゆうわく刺激しげきされ物への欲望のやむときのない現代生活よりずっと上等な生活のように、わたしには思われるのである。
 ヨーロッパにも遺産贈与ぞうよ風俗ふうぞくがあった。死んだらもち物を自分の愛していた者たちに遺贈いぞうする。アンピール様式の寝台しんだいだの、曲線を組み合わせたロココ様式の椅子いす頑丈がんじょう戸棚とだなや机などは、古くなれば古くなるほど価値の増す芸術品のようなものだから、贈らおく れるのは一財産もらったと同じであり、また次の一代、大事に使うことになるだろう。それはまたその物を通して個人の生活をひきつぎ、その人をしのぶよすがにもなる。
(出典『日本の美徳』中野孝次)
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a 長文 6.4週 ma2
 ところが、そのキツネザルにすら、「ことば」もどきは存在する。例えば彼らかれ の天敵にあたるような捕食ほしょく動物が近づいてきた場面を思い描いおも えが てみよう。そういうとき彼らかれ は独特の声を出す。この声を耳にすると、周辺にいる仲間(同種個体)はただちに自らの身を守る防御ぼうぎょ反応を行う。結果として群れに危険の接近を周知する機能を実行しているところから、警戒けいかい音と命名されている。
 ただし、天敵の種類はさまざまである。大別しても、空からやって来るものと、地表から来るものとがある。それによって防御ぼうぎょの手段の講じ方も、おのずと異なってくる。空からの場合は、地表近くへ身を伏せふ た方がよい。だが、もし地表から危険が迫っせま てきているのに、空からのときのように逃避とうひ企てるくわだ  と、とんでもないことになる。
 そこで淘汰とうた圧が働き、キツネザルは複数のタイプの警戒けいかい音を出すにいたったのだった。例えばAとBという二種類の声が存在するとしよう。空から捕食ほしょく動物がやってくるとAの声を出す。すると、聞いた仲間は地表へ逃げるに  。他方、地表から敵が来るとBの声を出す。その際は、仲間は木の上へと逃れるのが  
 AもBも、警戒けいかい警報である。ただしAは空からの危険、Bは下からの危険を意味している。これは、ほとんど単語による表現に近い。そういう観点では、彼らかれ も記号的コミュニケーションを行っていることになる。
 それどころか、彼らかれ の方が人間よりも、厳密に仲間の発する音声を記号的にとらえているのである。ヨーロッパの昔話で、いつもいつも「おおかみが来た」とウソを村人に伝えて驚かおどろ せては喜んでいた少年の物語というのをご存知だろう。村人たちは、はじめは信じこんでびっくりしていたが、そのうちだれも信じなくなった。あげくのはてに、本当におおかみが来てもだれにも助けてもらえず、羊を食べられてしまった少年のエピソードである。
 ああいうことは、キツネザルでは起こらない。彼らかれ だったら極端きょくたんなケースとして、一〇〇万回「おおかみが来た」といわれても、やはり逃げるに  ことだろう。警戒けいかい音の認識に、音以外の手がかりは
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介入かいにゅうしない。ともかく身の危険にかかわることだから、少々いかがわしい情報であっても、とりあえず信じた方が安全、という発想が働く。サルの理解の仕方は、柔軟性じゅうなんせいに欠けるのだ。
 「柔軟性じゅうなんせいを欠く」と書くと、融通ゆうずうがきかず頭が悪いみたいに聞こえるかも知れない。しかしシグナルの記号としての意味作用に忠実であるという意味では、人間より抽象ちゅうしょう度の高い認識を行っていると言い換えるい か  こともできなくはないのではないだろうか。
 人間は、過去の経験にもとづいて、ことばの意味理解を変えていく。反対にこのことは、発話を行う側も、常に相手に聞き入れてもらえるよう配慮はいりょして話をすることを意味している。そして、聞き手は相手がこちらを意識して話をしていることに気づいている以上、その意図を把握はあくしつつ、発話内容を吟味ぎんみする。
 考えてもみよう。「君は、よく勉強するね」といわれたにせよ、それが字面通りの誉めほ ことばなのか、「勉強しない」ことへの皮肉なのかは、文字の配列から判断することは不可能に近い。相手の顔色を読み、状況じょうきょう斟酌しんしゃくし、あるいは話し手の普段ふだんの言行を参照しなくてはならない。
 つまり言語理解というのは、意外なほど記号的でなくて、反対に相手の心を読む(発話を手がかりに心理を推測する)過程であることがわかる。むしろサルの方がよっぽど厳密に記号類別に依拠いきょして情報伝達を行っているのだ。
 ところが、最近の日本人を観察してみると、そのコミュニケーションはこの言語進化の進んできた方向を逆行しているように思えてならない。つまり、ことばのメッセージを常に記号として把握はあくする傾向けいこうが高まっている。そして、そういう認識の仕方をサルが実行している以上、サル的な方向へとコミュニケーションのスタイルを変えてきたという結論にたどりつくのだ。(中略)
 こうみてくると、昨今の日本人のコミュニケーションの特徴とくちょうである「サル化」とは、すなわち語用論能力の衰退すいたいと表現することができる。そして、その傾向けいこうの背景としては、社会のIT化、人間同士の情報伝達がケータイのような代物への依存いぞん度を大きく増したことが考えられるのだ。
 (正高信男『考えないヒト』)
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