長文集  5月2週  ★子どもとは何だろう(感)  ma2-05-2
    毎日1ページ音読しましょう。漢字はふりがなをつけずに読めるようにしておきましょう。  2012/06/15 08:09:22
 【1】子どもとは何だろう。そして、子ど
もが大人になるとは、どういうことだろう。
思うに、それはこうだ。子どもは、まだこの
世の中のことをよく知らない。それがどんな
原理で成り立っているのか、まだよくわかっ
ていない。【2】では、大人はわかっている
のだろうか。ある程度は、そうだ。大人はわ
かっている。しかし、全面的にわかっている
わけではない。むしろ、大人とは、世の中に
なれてしまって、わかっていないということ
を忘れてしまっているひとたちのことだ、と
も言えるだろう。
 【3】ソクラテスはかつてこんなことを言
った。世の識者たち は、自分がだいじなこ
とを知らないということに気づいていない。
つまり、わかっていないということを忘れて
しまっている。それに対して、自分は、知ら
ないということを知っている。【4】つま 
り、わかっていないということを忘れていな
い。この点で、世の識者たちよりも自分のほ
うがものごとがよくわかっている、と言える
だろう、と。
 【5】「知らないということを知っている
」ことを、「無知の 知」という。知ってい
ると思い込んでいるひとは、もう知ろうとし
ないだろうが、知らないとわかっているなら
、なお知ろうとしつづけるだろう。知ること
を求めつづけるこのありかたを「フィロソフ
ィア」という。【6】「フィロ」とは愛し求
めることであり、「ソフィア」とは知ること
である。つまり、「フィロソフィア」とは、
知ることを愛し求めることを意味する。これ
が、哲学という言葉の語源だ。
 だとすれば、子どもはだれでも哲学をして
いるはずである。【7】子どもは、たしかに
、自分が知らないということを知っている。
ただ、子どもはソクラテスとちがって、たい
ていの場合、大人たちもほんとうはわかって
いないのに、わかっていないということがわ
からなくなってしまっているだけだ、という
ことを知らない。【8】そして、「大人にな
れば自然にわかる。」とかなんとか言われ、
わかっていないということがわからない大人
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になっていくのだ。
 大人だって、対人関係とか、世の中の不公
平さとか、さまざまな問題を感じてはいる。
【9】しかし大人は、世の中で生きていくと
いうことの前提となっているようなことにつ
いて、疑問をもたな い。子どもの問いは、
その前提そのものに向けられているのだ。世
界の存在や自分の存在、世の中そのものの成
り立ちやしくみ、過去や未来の存在、宇宙の
果てや時間の始まり、善悪の真の意味、など
など。【0】こうしたすべてのことが、子ど
もにとっては問題である。
 子どもは、ときに、こうした疑問のいくつ
かを、大人に向けて発するだろう。だが、た
いていの場合、大人は答えてはくれない。答
えてくれないのは、問いの意味そのものが、
大人には理解できないからである。かりに答
えてくれたとしても、世の中で適用している
∵たてまえを教えてくれるか、何だか知らな
いがそうなっているのだよ、と率直に無知を
告白してくれるか、そんなところだろう。子
どもは、問うてみても無駄な問いがあること
をさとることになる。
 つまり、大人になるとは、ある種の問いが
問いでなくなることなのである。だから、そ
れを問いつづけるひとは、大人になってもま
だ「子ども」だ。そして、その意味で「子ど
も」であるということは、そのまま、哲学を
している、ということなのである。

 (永井均『子どものための哲学』による)